友達
そして、ついに最後になった。皆、疲れてヘトヘトだった。
オレの最後は後ろの席の〈穂坂 駆〉だった。彼は腕を組んでオレを見下ろしている。
当然、機嫌は悪い。
疲れているし、もう11時20分だから、朝、お腹いっぱい食べてきたオレでさえお腹が空いているくらいだし、お腹が空くと怒りっぽくなるのは普通のことだ。トースト1枚ではブチ切れて当然だ。
でも、オレから話しかけることなんて絶対にできないし……と、膠着状態が続いた時、ふいに〈穂坂 駆〉が口を開いた。
「お前さ、今も朝は目玉焼きかよ」
思いっきり予想外なことを聞かれて、びっくりした。
「え?」
〈穂坂 駆〉はオレより先に先生と話しているから、先生のプリントを見た訳ではないだろうし……何で知っているの? 『今も』って言ったし、前から知っていたということ……?
「う、うん……?」
とりあえず、返事をした。
他に何て答えれば良かったのかな?背中は汗でびっしょりだ。
「そうか」
〈穂坂 駆〉は静かに言った。〈穂坂 駆〉との初日の会話はそれで終了した。
ものすごく、疲れた。
「はい、11時半になりました! 皆さん、お疲れ様です」
水玉さんがまた、ハイテンションで登場した。
「どうでしたか? 今日は初めてだったので、上手く話せなかったりしたかと思いますが、これから毎日話していくとだんだん自然に話せるようになると思います」
やっぱり毎日話すのか……
「で、今日は初めてだったので教室で全員と順番に話しましたけれど、明日からは自分たちで全員とちゃんと話してもらいます。
まずは登校時にクラスの誰かを見つけたら、「おはよう!」と、声をかけてどんどん話してください。
話す時間は基本授業中以外の時間でお願いしたいので、見つけた先から声をかけて、放課後皆に迷惑をかけることの無い様に、どんどん行っちゃってくださいね。
今日家に帰ったら、皆の手元にあるプリントを見返してください。
そして、一人一人の顔を思い浮かべながら話した内容を思い返してみて、明日は何を話そうかと考えてみてください。
で、このプリントは明日持ってきて、この専用ファイルに閉じて貰います。1年で3冊の思い出いっぱいのファイルが出来ますよ、楽しみですねー」
おっさんは言いながらフリップをまた1枚持ち上げた。
そこには、『次回は「学校改革(学習面)」でお会いしましょう! お楽しみに!』と書かれていた。
「はい、というわけで、明日からは休み時間が忙しくて、休み時間なのに休む時間が無い! という状況かと思いますが、それもまたこちらの思惑通りというか予定通りということで、是非、楽しく頑張って欲しいと思います。
ではまた、お会いしましょう」
何だろう、最後の『思惑通り』っていう言葉に引っかかったけれど、とりあえず初日は終了した。
「古井戸の家って、どのへん?」
日比野くんが下駄箱に上履きを入れながら言った。
「え? えーと、すぐ近くだよ。校門を出て、校庭沿いにぐるりと行って左に曲がってすぐのところ」
「へえ、近くていいなあ。一緒に行ってみていい?」
「ええっ……!」
今日は驚くことばかりだ。誰かと一緒に家に帰るとか、初めてだ。
「あのおっさん、水玉さんって、変わっているよな」
日比野くんが、校門の前の柳の木の葉っぱを引っ張りながら言った。
「てゆーか、よくあんな意見が通ったよな。面白かったけど」
えっ、面白かったの? プリントを見た限りでは、あんなにつまらなさそうだったのに……何を考えているのか分からない人だな、と、この時初めて思った。
「う、うん、今までと全然違っていて、驚いてばかりだよ」
現在進行形ですが……
「最後にさ、変なことを言っていたね。休み時間に休めないのが思惑通りとか予定通りとか」
「あ、うん、言っていたね」
日比野くんが嬉しそうにニヤリと笑い、人差し指を立てて言った。
「あれさ、オレの考えでは……あのおっさんが前にテレビでなんだかんだ言っていた時に、一番の目的はいじめで自殺をする子供を無くすことって言っていたから、今回のあれって、つまり休み時間中ずっと忙しく話をさせておいて、いじめをする暇を無くしてやろうというのが、さっき言っていた思惑ってヤツなんじゃないかと思う」
「えっ、水玉さん、そんなことを言っていたの?」
オレは本気で感心した。オレがつまらなそうと思って聞いていなかったあの話を、日比野くんがちゃんと聞いていて、ちゃんと覚えていたという事実に。そして、そこから今日の話につなげて考えた、その結果に。
そうか、確かに放課後だけなら、上手く逃げれば助かるかもしれない……いや、放課後も捕まるか。
「日比野くんはすごいなあ、こういうのって何て言うのかな? 洞察力っていうの? 推察力……?」
「え? そう? もっと誉めて」
オレの家の前に着いた時は二人で爆笑していた。
日比野くんは変に謙遜とかしない、面白い人みたいだ。頭も良いし、イケメンだし、気さくに話せるし。その上、不思議なカリスマオーラもまとっていて、オレが持っていない、うらやましいものを全て持っている感じの人だ。
「こ、ここだよ、オレの家」
普通の地味な築40年になる一軒家だ。
「ふうん」
日比野くんは、家を見上げながら言った。
「今度、遊びに来ていい?」
そんなこと言われたのは初めてだった。
オレは泣きそうになりながら、やっと返事をした。
「う、うん」
「やった! じゃあ、また明日な」
手を振りながら日比野くんは校門の方へ走って戻って行った。彼の家は逆方向だったらしい。わざわざ遠回りをしてくれたのかと、また、泣きそうになる。
何を考えているのかさっぱり分からないけれど、何て良い人なのだろう。
幸せすぎて泣きそうな気持ちを、なんとか落ち着かせてから、家に入った。