あの日と同じ
というわけで、新しいクラスのメンバーはあの夢と同じだということが分かったわけだけど、今もそこら中にいる4組の人たちに、つい話しかけそうになっている自分を踏み留めるのが大変だ。
オレは皆といろいろ話した記憶があって、皆のことをいろいろ知っているけど、皆にはそんな記憶はないのだ。今、気軽に声を掛けたら、ただの変なヤツなのだ。
ていうか、そもそもこの夢での情報がこの現実でも正しいのかどうかも分からない。正しかったとしても、そんな個人情報を知っているって、ただのストーカーじゃないのか? こんなこと、絶対に皆に知られてはいけない。
教室の並びは夢と同じだった。6年の教室は2階にある。階段を上がると一番手前が1組で、4組は一番奥にあった。
1組から順に教室の前を通りすぎると、中から仲良くなった新しいクラスメイトと楽しそうに話す声が聞こえる。
以前は他の人が話す楽しそうな声が苦手だったけど、今は何とも思わなくなったのは、あの夢の影響だろうか。
とか何とか考えているうちに、4組の教室の入り口に立っていた。
教室の中にいた何人かがこっちを見た。
一瞬、夢の中みたいに話しかけてくれるかと期待してしまったが、皆、『なんだ、こいつか』と、がっかりした表情をしてから顔を背けて、今まで話していた相手と話の続きを始めてしまった。
ああ、そうか。おれはいじめられっ子に戻ったのだと、改めて現実を噛みしめて、小さくため息をついた。
オレは真っ直ぐに廊下側から3列目の後ろから2番目の席に向かった。オレの前の席の史也の名前も、ちゃんとあるのを確認した。
その間にも、教室には次々と生徒が入ってきては、「おっ、やっと来た! 一緒のクラスじゃーん!」とか、「よかったー!」とか「なんだよ、お前もいるのかよ」とか「うるせーよ」とか、楽しそうな笑い声で溢れている。
オレが座ろうと椅子に手をかけた時、熊野さんが入り口に立った。体が細くて小さくて、前髪が長すぎて目が見えない上に、妙におどおどしている。
そういえば、熊野さんって初めはこんな感じだったのかと驚いて見ていたら、目が合った。いや、正確には前髪で見えないので、目が合ったような気がした。
熊野さんのくるくると表情が変わる目は、いつから見えるようになっていたのかな? 隠しているなんてもったいないなとか思っているうちに、熊野さんに目をそらされてしまった。
とりあえず座ろうと椅子の背を引いた時に、かけちゃんの名前も確認した。いや、かけちゃんじゃない、『穂坂くん』だ。
うっかり『かけちゃん』なんて呼んだら大変なことになるな、なんてのんきに考えながら席に座った。
「おはよー!」
教室の後ろの入り口で、城所さんの声がした。
「あっ、由姫来た!」仲の良い女子たちが、ぴょんぴょん跳ねながら一緒のクラスになったことを喜んでいる。
その時だった。
前の入口から史也が入って来た。オレは今までこんなに人に会いたいと思ったことがあっただろうか? 史也の姿が見えただけで、涙があふれそうになった。
が。
その涙は一瞬で止まった。
何故なら、教室に入って来たのはオレが見たことのない〈日比野 史也〉だったからだ。
そこにいたのは、自分勝手にオレを振り回し、わがままで、でも笑う時はちょっと甘えた感じで首を傾げて「えへへー」って目を糸の様にする、オレの知っているあの史也ではなかった。
まるで氷のような冷たい目をした、無表情の〈日比野 史也〉だった。
何故だか、無表情だとイケメンが強調されて、ああやっぱり史也ってイケメンだったんだなあと改めて感心させられた。
一瞬、史也と目が合った気がしたけど、恐らく、そのチラッと見られた瞬間に『こいつと話す価値は無い』と判断された様だ。
だって最初の頃に、『学校改革が無かったら、お前と話したいとか思わなかったし』ってハッキリ言われたことを、よく覚えている。
そのまま〈日比野 史也〉はくるりと背中を向けて、自分の席に着いた。
相変わらず、お姉さんたちの良い匂いを振り撒いて。
周りの女子が、遠巻きに〈日比野 史也〉を見てハートマークを飛ばしている。まさに、氷の王子様といった風格だ。オレはただぼう然と、目の前の史也の背中を見つめるしかなかった。
そしてこの現状を見て、オレは初めて、周りの皆が言っていたことを理解していた。
『あの日比野くんの心を開いた男』とオレを評して書いてあった、あのB6サイズの紙の意味を。確かに、この〈日比野 史也〉をあんな状態にしたら、今のオレも驚くだろう。
『去年のあいつを見せてやりたい』と言っていたかけちゃんを思い出す。
ああ、確かにこの〈日比野 史也〉だったら、夏休みの塾の夏期講習も普通に行くのかもしれない。
この〈日比野 史也〉は、家では高圧的な父親と、子供らしいことに否定的な母親と、気の強いお姉さんたちに囲まれて、日比野家の長男として、日々、頑張っているのだ。
かけちゃんごめん、やっぱりこんな史也は見たくなかったよ……
なんて自分の世界に籠って反省していると、不機嫌な声が、真後ろから聞こえた。
「なんだ? 目の前に邪魔なのがいるな」
オレはくるりと振り返った。かけちゃんと、目が合った。いや、かけちゃんじゃない、穂坂くんだ。
朝、トーストを1枚しか食べていないからイラついているけど、本当の穂坂くんはやさしくて常識人であることを、オレは良く知っている。
「何だよ、ジロジロ見るんじゃねーよ!」
イスの下から、蹴りあげられてしまった。
いや、でもコレ、オレのダメージより穂坂くんの足の方が痛いと思うな、とか冷静に考えてしまう。
とにかく、穂坂くんには朝ごはんの話をしなくてはと思っていたので、「あの……」と、話しかけようとした時に、先生が教室に入ってきた。
「はーい、席について」
眼鏡をかけた、年配の先生だった。
「このクラスの担任になりました、山谷です」
ああ、やっぱり神宮司先生じゃないのかと、がっかりした。そうだよね、学校改革の担当先生だったし……
そんなことばかり考えていたので、先生が何かいろいろと話していたけど、オレの耳には何も届いていなかった。
「では、始業式が体育館で行われるので、速やかに移動します」
というわけで廊下に出て、背の順に並んだ。まあ、オレはいつも一番前なんだけど。
ぞろぞろと体育館に向かって歩く間、オレのすぐ後ろの平くんに足や背中を蹴られたり、ちょこちょこと攻撃を受けた。
「蛙~、お前、外で馴れ馴れしく話しかけるなよな」
「う、うん」
平くんは、すっかりいつもの平くんだった。
平くんは、良い大人から良い影響を受ければ、あんなに格好良くなるのに、もったいないなあと、しみじみ思った。
そう思いながら、でもそれはきっと、平くんに限らず、オレも含めてみんなに言えることなのだろうな、とも、思うのだった。




