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衝撃

 オレとかけちゃんが外に出ると、真っ暗な中月明かりに照らされたタクシーが停まっていて、そのすぐ横には鞄を持ったぐーちゃん先生が待っていた。


「あれ? 先生、どっか行くの?」

 ぐーちゃん先生に駆け寄ったオレは、お気楽な質問をした。


「ああ、えーとな、実は……日比野を、迎えに行ってくる」

 ぐーちゃん先生が物凄く嬉しいことを、言いにくそうに言った。


「えっ、史也を?」

 オレとかけちゃんは、素直に驚いて、歓喜した。

「やった! お父さん、許してくれたの?」

「先生、本当に?」

 パアッと喜ぶオレ達とは対照的に、ぐーちゃん先生の表情はどんよりしている。


「うん、結果的にはお許しは出たみたいなんだけど、その、うん……」

 ぐーちゃん先生は深いため息をついて言った。

「日比野の体調が、良くないらしい」


「え? 風邪?」

「ああ、夏風邪はバカしかひかないって言うから」

 と、オレ達がいつもの調子でいると、ぐーちゃん先生が力無く笑った。


「そうだな、風邪ならいいんだけど」

 さすがのオレ達も空気を読んだ。

「え、あの、何かあったんスか?」


「うん、日比野のヤツな、夏休みの初日から何も食べていなかったらしいんだ」


「えっ?」

 オレ達は、2人同時に変な声を出した。

「ハンガーストライキってヤツだ」


「ええ……」

 オレもかけちゃんも言葉が出ない。

「この暑いのに水も飲まないで無理したらしくて、入院して強制的に点滴されたりしているみたいで」


「て、点滴……?」

「俺も詳しいことはまだ分からないんだけど、一度落ち着いた後に、またひと悶着あったらしくて……うん、なんていうか、聞いた話によると、お父さんが日比野を騙すようなことをしてしまったみたいで、親子の信頼関係がすっかり壊れてしまったらしくて……」


 その辺りから、もう、先生の言葉が聞こえていなかった。


 史也はずっとひとりで闘っていたのだ。


 オレがこっちで、皆と一緒に楽しくいろんなことをしている間も、オレが史也のことを忘れて皆と腹が痛いくらい笑っている間も、史也はずっとひとりで闘っていたのだ。


 オレが、こっちでおばあちゃん達のおいしいご飯をたらふく食べている間、史也はずっと何も食べていなかったのだ。


「……」

 オレとかけちゃんは絶句した。

「まだ詳しい事は、よく分らないんだ。驚かせてしまって、悪かったな。でも、お前たちには言っておかないといけないと思ったんだ」


「いえ、大丈夫です、言ってもらって良かったです」

 かけちゃんが一緒にいてくれて良かった。

「あ、あの、明日の何時頃、戻って来られそうですか……?」


 オレはとにかく、史也に会えるということしか頭になかった。

「ああ、それは、日比野の状態を見てみないとわからないな」


 そう言いながら、先生はオレとかけちゃんの頭に手を乗せた。

「とにかく、周りの大人達を信用できなくなった今も、日比野は俺なら信用できると思って、俺を名指しで呼んでくれたんだ。日比野の信用を裏切らないために、行ってくるよ」


「先生、あの……ふ、史也のヤツをお願いします」

 オレは、それだけ言うのが精いっぱいだった。


「先生、ちゃんと戻って来てよ」

 かけちゃんは何か別なことを思っているようだった。

「俺がいなくても、水玉さんがいるから大丈夫だよ」

「先生じゃなきゃ、駄目なんだってば」

 かけちゃんが、先生をこんなに頼っていたなんて知らなかった。


「うっ……」

 また、先生が感動している。


 タクシーが出ていくと、そこら中が真っ暗になった。すぐに戻る気にもなれずに、ふたりでボーッと立ち尽くしていた。


「……日比野はさ、もし学校改革が無かったら、ふつうに塾の夏期講習に行っていたんだろうな」

 かけちゃんが、唐突に言った。

「え? そうなのかな?」


「父親に反発はしていたみたいだけど、そういうものだって思っていたよな」

「まあ、今まではAコースだけなのが当たり前だったからね」


「水玉さんの変な考えを聞いたことと、今まで無関心だったクラスの連中と話したことで、あいつはスゴイ変わったよ。オレ、去年も日比野と同じクラスだったけど、別人だったぜ」

「えっ、そうだったの?」

 これは、初耳だった。


「周りにまったく関心が無かったんだ。あいつ、下手したら去年オレと同じクラスだったって覚えてないよ」

「まさか」


「いや、去年のあいつはそういう奴だったんだ」

 オレは史也と一緒のクラスになったのは初めてだったから、今までの史也のことは分らないけど、たぶん、かけちゃんはオレに気遣って面白い話風にしてくれたのかなと、その時は思っていた。


「ふーん、そうなんだ?」

 なので、そんな風に軽い感じで答えた。

「なんだよそれ」

かけちゃんがヒジでオレを軽く小突いた。


「去年のあいつを、お前にも見せてやりたかったよ」

 そう言ってかけちゃんは、皆が賑やかにしている古民家に戻って行ってしまった。


 オレはその場に一人ぽつんと残されて、深いため息をついた。まだ、なんとなく賑やかなところに戻れる心持ちではなかった。


 辺りをぐるりと見回すと、昼間の強い日差しの中で見た生命力溢れた光景とは違って、月明かりに照らされた木々が静かに深い影を落としていて、まるで違う場所に来たかのような錯覚に陥った。


 ふと、オレの目の前を独特な黄緑色の小さな光の点滅が通り過ぎた。


 そして、その光の点滅はオレを誘うように真っ暗な雑木林の中に吸い込まれて行った。

「あれ? 蛍って、もっと暑くなる前じゃなかったっけ……?」


 気になったのでなんとなくついて行くと、真っ暗な中、どこからか水の音が聞こえる。

 こっちにも川が流れているのかと音がする方へふらふら歩いて行くと、どうやら初日にカミキリムシたちを放した辺りの、奥の方から聞こえるらしい。


 そのまま、真っ暗な藪の中へガサゴソと入って行くと予想外に大きな川というか、渓谷になっていて、広い空間が広がっていた。


 そして、そこは、一面の蛍の光で埋め尽くされていて、まるで別世界のような美しさだった


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