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神宮司先生と平くん

 先生に自己紹介するって、何を話せばいいのだろうか?

 とか考える暇もなく、先生がさっさと始めてくれた。さすが、先生だ。頼りなさそうとか言って、ゴメンナサイ。


「はい、古井戸未知流君ね。神宮司です、よろしく」


「よ、よ、よろしくお願いします……」


「何? 寺崎とは、俺と穂坂のことを話していたの? 」


 オレのプリントを見て先生が笑った。


「あああ、て、寺崎くんが、せ、先生、すごいなって……」


「えー? 俺が穂坂をいじめちゃったこと?」


「ええっ? い、いや、そうじゃなくて……」


 あれ? 先生の中では、あれはいじめたことになっているのか? 大人って良く分からない。


「じゃあ、いきなり初日にマニアックなオタク気質を披露しちゃったあたりかな?」


 えっ、先生は何についてのオタクなの? やっぱり生物……? と、思った瞬間、マニアックな生物と戯れる嬉しそうな先生の映像が、オレの脳裏を横切った。


「ふはっ……」


 つい、先生を相手に笑ってしまった。自分でびっくり。


「ふふふ、じゃあ、そのことは後で寺崎に聞いておくよ」


 先生も笑いながらプリントの寺崎くんの欄に何か書き込んだ。


「さて、じゃあ古井戸君。何か俺に聞きたいことはある?」


 と、聞かれた。ああ、これでさっきの〈穂坂 駆〉のとんでもない質問になったのかと納得した。でも、オレ自身は何も考えていなかったし、いきなり考えられるタイプではないので、首を横に振った。


「そうか。それじゃあ、俺から質問します」


「えっ……」


 やだなあ、質問されるのは苦手だなあ……


「古井戸君の今日の朝ご飯を教えてください」


 てっきり、学校のこととか友達のこととか聞かれると思っていた。なんだ、朝ご飯なら問題ないや。


「え、えーと、牛乳と、目玉焼きと、ハムと、トマトとブロッコリーと、チーズトースト……?」


「おお、しっかり食べているね! 卵は半熟? 1コ?」


「は、半熟で、2コです。ハムも、トーストも2枚ずつ……」


「おお、いいね。毎日メニューは替わるの?」


「お、同じです。チーズトーストに、焼いたハムと卵を乗せると美味しいから……」


 オレの朝のこだわりなのだ。


「へえー、美味そうだな! 明日の朝、やってみようかな」


 先生はそう言いながら、プリントのオレの欄に朝ご飯のメニューを書き込んだ。最後に『うまそう!』と書いていた。


 そしてオレは、その上の〈穂坂 駆〉の欄に「トースト1枚」と書いてあるのを見てしまった。


「えっ、トースト1枚だけ?」


「ああ、穂坂な。お母さん、お仕事で早い時間に出てしまうらしくて」


「あんな大きい体でよくもつなあ……」


 食べることが大好きなオレは、本気で驚いた。


「お昼前になると、腹が減りすぎて怒りっぽくなるって言っていたよ」


 さっき、〈穂坂 駆〉が先生の前で小さくなって話していたのを思い出した。あの時、そのことを話していたのかと思うと、笑ってしまって悪いことをしたと、少し反省した。


「ピピピピピッ」


 また、電子音が鳴り響いた。


「3分、あっという間だな! はい、次移動して。古井戸は一番前ね」


「あ、はい」


 神宮司先生は、先生なのに話しやすいなと思った。先生に対してそんな風に思ったのは初めてだ。とか考えながら、オレは列の一番前の席についた。お隣は、去年同じクラスだった〈たいら 優雅ゆうが〉だ。


「なんだ、かわずかよ」


 蛙は去年のいじめっこグループがオレをいじめる目的でつけたあだ名だ。


 だけど、松尾芭蕉っぽくて風流なので、オレは割と気に入っていた。いつものオレに対する正しい扱いを受けて、ホッとする自分が情けない。


「お前と何を話すの?」


 はい、ごもっともです。オレは黙って下を向いた。


「だいたい、なんだよ、全員と会話するってさ! しかも、これから毎日だぜ?」


 おっしゃる通り、無茶な話です。


「あの、クソジジイが勝手なこと言って、オレ達が振り回されてさ? 冗談じゃないぜ」


 今日の〈平 優雅〉は正論しか言わない。


「お前も何か言えよ!」


 と、言われたけど。いつもいじめられている時はとにかく黙って耐えて、時間が過ぎるのを待っていただけだったので、反射的に言葉が出ない。


 とにかく、下を向いていた。


「あのさ、何でもいいから話せって、クソジジイの命令だろう。お前が返事しないと会話にならねーじゃん」


「え?」


 ここまで言われて、オレは初めて〈平 優雅〉は態度がでかいけれど、決してオレをいじめているわけではないということに気がついた。オレに対するいつもの扱いと思っていたのも、オレが勝手に卑屈になっていただけだ。


 オレは慌てて顔を上げて、今、思っていたことを素直に言った。


「た、平くんの言っていることは、ぜ、全部、た、正しい、と、思う……」


 ハトが豆鉄砲をくらったような顔という表現があるが、多分、今の〈平 優雅〉の顔がそうなのだと思う。しかし、ハトに豆鉄砲を撃ってはいけない。


「ビックリした! 何だよ、お前、普通に話せるのか」


 明らかに動揺しているが、でも、自分の方が立場は上だというスタンスは崩さない。


「まあ、とりあえず、会話が成立したな」


 〈平 優雅〉はオレの欄に『オレが正しい』と書き込んだ。「お前も早く書けよ」と言われたので、今の内容で書くことになった。


 オレは『毎日、全員と話すとか無理という平くんの意見に同意した』と、とりあえず書き込んだ。   〈平 優雅〉は、「まあ、そんなもんかな」と、のぞき込んで確認していた。


 初めて時間があまって、周りを見る余裕が出来た。オレはため息をついて、隣の様子をうかがってみた。


 〈平 優雅〉の後ろは〈高橋たかはし 胡桃くるみ〉、じょ、女子だ。


 普段は男子連中相手に強気の〈穂坂 駆〉だけど、照れているのか緊張しているのか、さすがに女子が相手だと話しにくい様子だ。


「あのさ、さっきも先生に変なことを言っていたでしょ。あれって、面白いと思って言っているの?」


「あっ、あれは先生が何か質問はあるかって言うから、聞いただけだし」


「最っ低ー」


 うおーっ、女子強えー……〈穂坂 駆〉に対して、こんな態度が取れるなんて、オレ的には信じられない。


 あれ? 次、オレじゃん? だ、大丈夫なのか……?


「ピピピピピッ」


 時間だ! ひええ……


「はい、次移動して」


 席を移動したり、プリントに書き込んだり、皆少しだけ慣れてきた様子だ。


 〈高橋 胡桃〉は、プリントの〈穂坂 駆〉の欄に、『何を聞いても怒っていて、話にならない』と書いていた。オレが見た時に怒っていたのは彼女の方だったんだけど。


 書き終わると〈高橋 胡桃〉は顔を上げて、ニコッと笑った。


「高橋胡桃です、よろしく」


「ふ、ふ、ふふふ、古井戸、み、み、未知流です、よ、よろしくお願いします……」


 ひゃーっ、女子に笑いかけてもらったのなんて、初めてじゃないか?

 でも、この時のオレは嬉しいというよりも、未知の生命体に対する恐怖しか無かった。


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