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自己紹介始め

「はい、というわけで。今、お話があったように、全員とそれぞれ自己紹介をしたいと思います!」


 オレの気持ちとは全く関係なく、先生が事務的にどんどん進めてしまう。


「このクラスは25人いるので、移動時間と紙に記入する時間を引くと一人当たりの持ち時間は3分くらいになります。えーと、まずお隣さんと話します」


「せんせー、オレの隣いないんだけど!」


 オレの後ろで〈穂坂 駆〉が大きな声で言った。


「穂坂の相手はまず、先生だ。こっちに来てくれ」


「えーっ、マジ?」


 穂坂くんは嫌そうだ。ええー、先生とも話すのか……


「で、ひとり3分話したらアラームが鳴るので、それぞれ右側の列が後ろに移動して、一番後ろは前に回って。で、また次の人と3分話す。

 ああ、そうだ、誰と何を話したかをキチンとさっき配った用紙に記入するのを忘れないようにね!で、自分の名前のところには先生と話した内容を書いてってことで、ハイ、じゃあスタート!それぞれ、自己紹介をちゃんとしてね」


「えーっ!」


 あっという間に始まってしまった。


 オレのお隣は〈寺崎てらさき 蹴斗しゅうと〉。何度か同じクラスになったことがあるし、いじめられたこともないので数少ない安心できる相手だ。


 しかし、ちゃんと話したことは、まったく無い。


「寺崎蹴斗です、ヨロシク」


 寺崎君は八重歯が特徴の、愛嬌のある顔をしている。


「あああああ、えーと、、ふ、ふ、古井戸、み、未知流です、よ、よろしく……」


 そこまで言ったところで、〈穂坂 駆〉の大きな声が教室に響き渡った。


「じゃあせんせー、結婚しているの?」


「えっ、まだしていません」


「彼女いる? 童貞?」


「彼女はいないし、その後の質問は、個人情報なので秘密です」


 先生は大きな声でふつうに答えていた。


「へえ、あの先生ちょっといいな」


 〈寺崎 蹴斗〉が感心して言った。


「よく、ああいう質問されると先生って怒っちゃうだろ? あれ、駄目だよな。大人のくせに器が小さいなーって思うもん」


「えっ……」


 水玉さんに強制されたこととはいえ、オレは、〈寺崎 蹴斗〉にこんな風に話しかけられたのは初めてだったので驚いた。

 でも、きっと彼としてはこれが普通なのだろうな、とか考えていた時、〈穂坂 駆〉が大きな声で言った。


「じゃあせんせー、セック……」


 そこまで言いかけたところで、先生が手に持っていた紙で〈穂坂 駆〉の頭をポンと叩いた。


「こーら。女子もいるのにそんなこと、大きな声で言ってはいけないよ」


「まだ言ってないじゃん」


 〈穂坂 駆〉は不満そうな声を上げた。


「俺はね、穂坂より何年も先に小学生をやっている、いわば大先輩だ。だから、君くらいの年頃の男子が興味を持つこととか、大人を困らせる常套句とかをよく知っているわけだよ。だから、まあ、良く言えば穂坂、君は実に正しく成長をしているということだ」


 先生の話し方が、ちょっと友達っぽい話し方になった。


「だが、しかしだね。そういうことをこういう大勢の人がいるところで言っちゃうと、大人になってから思い出した時、物凄く恥ずかしいらしいよ。夜、布団に入ってから思い出したりしたら、眠れなくなるくらい」


「オ、オレは先生に質問したかっただけだし」


「え? そう? そんなに聞きたいなら答えてもいいけど。言っていい?」


 先生がにっこりして答えた。


「穂坂がさっき言おうとした言葉は、名詞だと『性別』のことだよね? でも君が聞きたいのは多分動詞の方だと思うから、生物学的に言うと『交尾』のことだね。それはつまり、体内受精をする動物の生殖行動に於いて、異個体間で配偶子のやり取りをするために互いの体の一部をつなぎ合わせる行為のことっていう定義をネットで読んだことがあるよ」


 神宮寺先生にとっては困るどころか楽しい話題だったみたいで、そのまま流れるように話しは続いた。


「地球上の生物が自分たちの子孫を残すための生殖行為であって、これはもう、生命の神秘だよね。だって、スゴイ事だと思わないか? 太古の昔から、ありとあらゆる生物がそれぞれ個別の方法を本能にちゃんとプログラムされていて、それを何億年とずっと受け継いできているから、今現在、それぞれが地球上に存在しているんだよ!」


「はあ……?」


「しかも、いろんな時代の様々な環境に応じて、それぞれが体の形や機能を変化させるという進化をし続けているなんて、感動ものだよね、穂坂もそう思わない?」


「え、いや、もう、いいッス……」 


 〈穂坂 駆〉がおとなしくなってしまった。何か、変わった先生らしいことは、良く分かった。


「ははは、よく分からないけど、変な先生だな」


 〈寺崎 蹴斗〉が笑って言った。


 そして、「ああ、そうだ。会話ってこんなもんでいいのかな?」と言って、プリントのオレの名前の欄に何やら書き込んだ。


『先生の勝ち。穂坂はバカ。』


「ほら、ちゃんと内容あるし」


 〈寺崎 蹴斗〉はオレを見て笑った。


「お前も書いとけよ。時間無いぞ」


「う、うん……」


 オレは、オレをバカにするのではない笑顔にうろたえながら、プリントの〈寺崎 蹴斗〉の欄に『先生と穂坂くんのこと』と書いた。


「見ろよ、穂坂のヤツ、おとなしく何か話しているぜ」


 見てみると、〈穂坂 駆〉は先生の前で小さくなっておとなしく話していた。先生は、右手で頬杖をついて真面目な顔をしてうなずきながらそれを聞いている。


「本当だ……」


 〈寺崎 蹴斗〉を見ると、目が合った。また彼が笑った。オレもつられて、ちょっと笑った。


 ぜんぜん自己紹介とかしていないけど、話す機会さえあれば〈寺崎 蹴斗〉は誰とでも分け隔てなく話せる、羨ましいコミュニケーション能力の持ち主で、それでいてとても良い人だということがよく分かった。


「ピピピピピッ」


 教室にアラームが響いた。


「あ、時間だ! 3分経ったから、次の人ね。早いなあ」


 先生が立ち上がった。


「廊下側から1列目と3列目と5列目が後ろに1コずつ下がって、一番後ろは前に来てね」


 オレの列は後ろに下がる列だった。


 ……ん?


「で、穂坂の席は先生と話すよ! 古井戸、こっちに来て」


 ぎゃー、やっぱり? 待ってええええ……と、心の準備が何も出来ないまま、先生の前に座っていた。


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