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史也の家に行く

「あ」


 オレはやっと思い出した。


「ちょっと待って。分かった、プリントだ」


 放り投げられたカバンから、プリントを取り出して母親に渡した。


「ああ、学習形態の選択ね。未知流はどうしたいの?」

「うん、そりゃあ〈B〉でしょ」

「じゃあ〈B〉で」


 母親はボールペンで丸を付けて、保護者名と印鑑を押してオレにプリントを渡してくれた。


「でも、きっと少ないと思うよ、こっちを選ぶ人って」


「え? そんなに少ないかな?」


「だって、『大卒は基本』が今の常識って思っている人達がほとんどよ。それを、水玉さんがちょっと何か言ったくらいで、早々に変わるものでは無いと思うわ。

 今回のコレだって、学校改革の対象校に突然勝手に選ばれて、自分の大事な子供を人体実験に使われているようなものだもの」


「えー、でもお勉強しなくていいなら、みんなこっち選ぶと思うけどなあ」

「いくら本人が希望しても、親が許さないでしょ。そのための、この、親の記名・捺印なんだから」

「あのー」


 史也が、オレと母親の会話に手を挙げて割り込んだ。何やら深刻な顔をしている。


「古井戸家ではそういう話しを、お父上に確認しなくてもいいんスか……?」

「へ?」


 史也のその質問に、この時のオレは、史也の家は真面目な家なんだなあと思っただけだった。


「あら、そうね。普通はちゃんとお父さんにも相談するべき重要事項よね」


 母親が笑って言い訳している。


「えーとね、決してお父さんを軽んじている訳ではなくて、うちのお父さんは相談してもいつも『未知流のやりたいようにすればいいよ』って言う人なのよ。ねえ、未知流?」


 ああそうか、うちは普通ではなかったのか。どこの家もそんなものだと思っていた。


「うん、そうそう、ちゃんと後で報告するから大丈夫だよ」


 史也がうちの親子関係に衝撃を受けているのが、よく分かった。


「そうか……そういう手があったか。後で報告すればいいのか」


 そう言うと、自分のカバンをガバッと開けてプリントを出して、ボールペンで〈B〉に丸を書いた。


「あら、それは親と話し合ってと書いてあるから、勝手に丸つけちゃダメでしょ」

「いや、だって絶対うちの親は反対するもん。

 ねえ、未知流のお母さん、うちの親の名前書いてよ。大人の字じゃないとバレるから。あ、あと、ハンコって、百均で売っているよね?」


「コラ、偽装工作の片棒を担ぐ気はありませんよ!」


 母親は笑って言った。


「えーっ、いいじゃん! くそー、いいなあ未知流はー!」


 ソファーの上でジタバタと暴れる史也を見て、史也の家庭事情を初めて垣間見た気がした。

 いや、始業式の日に、朝から親とケンカして気分が悪かったとか言っていたな。

 そういえば、史也のことって、何も知らない。オレはちょっと勇気を出して、史也に初めてのお願いをしてみた。


「オレ、史也ん家に行ってみたいな」

「おっ、オレも!」


 かけちゃんも乗ってきた。


「えー、絶対やだ」


 と、言っていたけど、そのまま無理矢理3人で史也の家に向かうことになった。



★ ★ ★



 史也の家は、新しい綺麗な家がズラッと並ぶ中、ひときわ大きな3階建の変わった形をしたモダンな建物で、駐車場にはドイツ製の高級車が停まっていた。玄関前には、シマトネリコの大きな木と、綺麗に手入れされた寄せ植えの大きな鉢が置かれていた。


 史也が不機嫌そうにカバンの内ポケットから鍵を出して、玄関のドアを開け、「ただいまー」とボソッと言いながら中に入った。


「うわー、すごい広い!」


 玄関の内側は吹き抜けになっていて、広い空間が広がっている。その2階の部分からヒョコッと顔がのぞき込んだ。


「わあ! 史也が友達を連れてきた!」


 女の子の声だった。顔がすぐに引っ込んで、階段を駆け下りる音がする。


「お、お姉さん?」

「う、うん、チッ、やっぱりいたか……」


 足音が近づいて来て、オレ達の前にひとりの綺麗なお姉さんが立ちはだかった。


「史也がお友達連れてくるなんて、初めてじゃない?」


 テレビとかで、普通に踊って歌っていそうな、そんなレベルの綺麗なお姉さんだった。そして、強烈にいい匂いがする。

 オレとかけちゃんは、挨拶も忘れてポカンと口を開けたまま見とれてしまった。


「へー、どうりで最近、おとなしく学校に行くなあって思ってたんだ! ねえ、こいつ愛想無いでしょー! よく、こんなのに付き合ってくれているね!」


 お姉さんはオレたちの顔をのぞき込んで、そう言いながら、頭をぽんぽん撫でてくれた。


「い、いえ、あの、ふふふ古井戸って……ごにょごにょ……こちゅらこそ、あの、その……」


 1週間の学校改革効果でコミュ障が治ったような錯角をしていたけど、やっぱりオレは、ただのコミュ障だった。


「オ、オレは、ほ、穂坂です!」


 かけちゃんも、超キンチョーだ。声がひっくり返っている。


「これ、1番下の中2の姉ちゃん」


 史也が眉間にシワを寄せた嫌そうな顔をして、紹介してくれた。


「えええっ? ほ、他にも、お姉さんがいるのか?」

「あと、高1と高2がいる」

「お、お姉さんが3人……?」


 こんな綺麗なお姉さんが3人……だと?


「た~だいま~」


 玄関が開いて、綺麗なお姉さんが帰ってきた。


「あら~、史也のお友達?」

「うん、未知流とかけちゃん」


 普通の顔に戻った史也がこっちを見て、お姉さんを指差して言った。


「これは母さん」

「お、お母さん……?」


 母親かよ! マジか! 若いし、綺麗だし! お姉さんとは、また違ういい匂いするし!


 ……いや、うちの母親と比べるのが間違っているのか? ごめん、母よ。


「この子、変わっているでしょ~? 仲良くしてくれて、ありがとね~」

「い、いえ、こちらこそ……」


 お母さんは、おっとりしたしゃべり方で優しそうな人だった。


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