乙女ゲームが始まってる?
授業が終わり、教室を出ようとしたところで声をかけられた。
「ブローディア嬢!すまないがこの書類を生徒会室まで持って行ってもらえないだろうか?私はこのあと急な会議が入ってしまって、すぐに行かなければならなくてね」
声をかけて来た教師が攻略対象者のミュラー先生だったので少し身構えてしまったが、お使いを頼まれただけだったのでホッと胸を撫で下ろした。
「生徒会室ですね。生徒会の方に書類をお渡しするだけでよろしいのですか?」
「あぁ。渡すだけで大丈夫だ!すまないがよろしく頼むよ」
「はい。かしこまりました」
書類を受け取るとミュラー先生は慌てて去って行った。
この調子であればミュラー先生は攻略対象者として関わる事はなさそうだ。
先生と生徒として今の距離を保って接していこうと心に決めた。
受け取った書類を手に生徒会室のある特別棟へ向かって歩き始めた。
カーラはどうしても外せない予定が入っていると急いで帰ってしまった。
もう今日はこのまま何もないと良いが…。
ゲーム的なことが起こっても一人で対処しなければいけないんだからしっかりしないと、と気合を入れて少し生徒会室を目指した。
コンコンと生徒会室と書かれた札が掛けられた扉をノックする。
どうぞと返事があったので中へ入った。
「失礼いたします。ミュラー先生より書類をお預かりして参りました。お渡しするだけで良いとのことでしたが……」
「あぁ、ありがとう。こちらへ頼む。確認する」
低い声に無駄のない言葉選び。
声だけ聞くと怖い印象だが、艶のある青い髪に漆黒の瞳。
ミステリアスながら整った顔立ちに目を瞠った。
生徒会室に居たのは先程カーラが堅物と言っていた攻略対象者、ヘルムート・リンファンダマーク様だった。
そういえば彼が生徒会長だった……。
すっかり彼のことを失念していた。
自分から関わりに来るなんて。
やってしまったが、ただ書類を渡すだけだ。
さっさと頼まれごとを終わらせて帰ろうと書類を手渡した。
「こちらです。よろしくお願いいたします」
じっと渡した書類を見る顔は夕陽が当たりとても絵になっていて、思わず見つめてしまった。
整った顔立ちながら男らしさもあり、まるで彫刻か絵画でも見ているような気になり、思わず見惚れてしまった。
そんなことを考えていたせいか、読み終わって顔を上げた彼と目が合ってしまいドキッとした。
「ふむ。届けてくれてありがとう。内容も確認できたしもう大丈夫だ」
「はい。それでは」
ペコリと一礼をして部屋を出て行こうと踵を返したところで突然腕をつかまれた。
「ひゃっ!?」
驚いて振り返ると、思いのほか近くに彼が立っていた。
そして咄嗟に出てしまっただけなのか、彼も驚いてすぐに手を離した。
「す、すまない。痛くはなかっただろうか。」
「はい……。大丈夫ですわ」
リンファンダマーク様はパクパクと口を開け閉めして視線をキョロキョロと動かす。
そして意を決したように声を出した。
「えーと、実は……茶会などで何度か君と会ったことがあるのだが、覚えているだろうか?その……挨拶程度で話したことはほとんどないのだが」
「え、えぇ。はい。存じておりますわ。何度かご挨拶させていただきましたもの」
私の返答にリンファンダマーク様は嬉しそうに破顔した。
わっ、わあっ!
美男子の笑顔の破壊力がすごい………!!!
こ、これは危険!!
「そ、そうか!よかった!!えぇと……その」
しかしまたすぐにもにょもにょと口籠もってしまう。
そして戸惑ったその頬には熱がのぼっている。
あれ?
んん〜?
も、もしかしてゲーム的な事が起こっていたりする?
意を決したように顔を上げたリンファンダマーク様は大きな声で言った。
「と、友達になってもらえないだろうか!」
どうやら私の予感はどうやら当たってしまったらしい。
だって挨拶しかしたことがないのに友達になろうだなんて急すぎる。
え、ど、どうして……?
オロオロとし始める私をよそにリンファンダマーク様は真っ赤な顔で落ち着かない様子だ。
確かに真剣な顔で正面から私を見て友達になってほしいと言ったリンファンダマーク様は堅物かもしれない。
でもとても真面目な方なんだろうなぁと、真っ赤になりながらもチラチラとこちらを窺っているリンファンダマーク様を見てついつい私の頬は緩んでしまった。
「ふふ、友達になろうと面と向かって言われたのは初めてです。」
「す、すまない。おかしかっただろうか?だが今言わなければ次またいつ会えるかわからないし、その……」
リンファンダマーク様はあわあわしながら視線を泳がせてまたもごもごとしてしまった。
それにまたチラチラと捨てられた子犬のような視線で見てくる。
なんだかぺしゃんとした犬耳が見えてきた…。
その様子がなんだか可愛らしくて、私は思わずOKしてしまった。
「よろしくお願いしますわ」
帰りの馬車の中、私は手で顔を覆い反省していた。
なぜOKしてしまったのか………。
垂れた子犬の耳が見えた気がした……。
それにあの捨て犬のような視線でみつめられたら断れなかった。
「お友達と言っても学年も違うし、きっとそんなに関わることもないはずだわ!大丈夫!」
不安な気持ちを誤魔化すように自分に言い聞かせた。
お友達になってしまったものは仕方がない。
今後どう関わって行くかが大切よと気持ちを切り替えることにした。
翌日、先生にお使いを頼まれたこと、それに生徒会室でのことをカーラに話した。
「あらまぁ。もう攻略対象者全員と会われたんですね。これはもう始まっちゃってますねー」
カーラの言葉に私は顔色を無くした。
「やっぱり……は、始まっちゃってるのかしら?」
「色々とゲームとは違うところもありますが、私が見た限りでは始まってますね」
私は机に突っ伏してしまった。
乙女ゲームをするつもりはないし、恋愛をするつもりもない。
私はただ健康な体で学園生活を楽しみたいだけなのに!
なんでこんなことに。
「大丈夫ですよう!リズ様が乙女ゲームをする気がなければ全員スルーすれば良いのです!!イベントが起こってもゲームの様に行動しなければ平気ですよ!」
「私が行動しなければ……?」
「そうです!ノーマルエンドになるだけですよ!」
ノーマルエンド。
誰とも結ばれずに終わるということ?
カーラに聞くとその通りです!とノーマルエンドについて教えてくれた。
まとめるとノーマルエンドはみんな幸せに暮らしました的な終わりを迎えるらしい。
「そんなルートがあるのね。それなら……私、ノーマルエンドを目指すわ!」
乙女ゲームの見た目がヒロインな悪役令嬢に転生した私は、ノーマルエンドを目指して頑張ることにした。
せっかく健康な身体を手に入れたんだもの!
絶対にノーマルエンドにしてみせます!!
この後は番外編的な話を挟みます。
各キャラのストーリーを描いていきたいと思っています。