05-17.格闘王、竜王を追い詰める
バルゴサの竜王アガシャーはイサで最も大きな宿の二階に滞在していた。
この急襲は全く予想外のことだったらしく、親衛隊の数はわずかに20人ほどしかいなかった。
イサの街を防衛する200人ほどの守備隊の戦意は低く、トラホルン軍およそ500とまともにぶつかり合うこともなく多くは降伏した。
岡崎とロトムはそれぞれ兵からの報告を受け、アガシャーが立てこもっているという宿に向かう途中で合流した。
宿の入り口前後には敵味方の死体が散乱していた。王の身辺を守る親衛隊はさすがに手練れで忠誠心の高い戦士たちが多かったようだ。
二人は折り重なる死体を踏み越えて二階へ続く階段をあがっていった。
階段の途中にも死体が転がされており、付近には血の匂いが充満している。
岡崎は思わず吐き気をもよおしたが、なんとかこらえてロトムの後に続いた。
血の海と死体の島々を越えて2階の奥に進んでいくと、戸をあけ放った最上質の大きな客室の中に、バルゴサの竜王アガシャーその人が立っていた。
アガシャーはたった今、岡崎たちの目の前でトラホルンの戦士を切り殺し、死体となったその男を足蹴にしたところだった。
「この、雑兵どもめがっ!」
小太りの中年男は吐き捨てて、トラホルン人の戦士の死体に向かって唾をペッと吐き捨てた。
急襲の知らせを受けて慌てて身に着けたのか、仕立ての良い立派な鎧を、胴鎧だけ半端に装備していた。おそらく肩当てや脛あてなどすべてを装着する間もなく、兵士たちの第一陣が宿屋にたどり着いたのだと思われた。
岡崎が勝手にイメージしていたのはひげ面の大男であったが、竜王という大層な称号に比べると、実物はどちらかというと貧相と言っていいような顔つきの、やや小柄な男であった。
ただ、細い目の奥にずるそうな光をたたえた目元に、ただものではない雰囲気を漂わせている。
気性は苛烈で電撃戦を好み、若い時代には武闘派の竜太子として大陸中に名を馳せていた武人であった。
右手に握られているのは、音に聞こえる魔剣ゲライオン。何人の敵を切り殺して血にぬれても、決して切れ味が落ちることは無いという青白く光る古代の剣である。
玉璽と共にバルゴサ王家に伝わる神器の一つとされている、その実物を岡崎は目にしていた。
「ぬぅん? ぬしらはこれら雑兵どもとは違うようだな。この襲撃隊の頭目か?」
舐めるような目つきでこちらを見やりながら、アガシャー王は嗤ってみせた。
「このアガシャー、そこらの雑兵どもが何匹かかってこようと首を渡したりはせぬ。ぬしらに少しは手ごたえがあると良いがな」