05-09.格闘王、山脈を越える
岡崎チヒロとボルハンのロトムが率いるアガシャー王討伐のための急襲部隊は無事にディール山脈の尾根を越えてカディール側に出ていた。
500人の部下たちの中に、これまで脱落者は一人もいなかった。
道案内をしてくれる地元の猟師二人は疲れ知らずの男たちで、山脈の地形を隅々までよく把握していた。
岡崎は500人の兵士たちを20人ごとの小隊に分け、互いに仲間の顔と名前を確認させつつ、助け合いながら進むようにさせていた。
この人数での山脈越えは今までに類例がない試みだということだった。ディール山脈には魔獣なども潜んでいるために、健脚自慢の行商人であっても到底挑戦しようとはしないだろう。軍勢を率いての行軍なら魔物相手には安心だが、地形は険しくて足元が危ない。
岡崎はロトムを猟師の一人と共に先頭に行かせて、自分はもう一人の猟師と共に隊の中央から後方の者たちを率いていた。
「もう行程は半分を越えたが油断はするな! 一人も脱落者を出さずにイサを目指すぞ!」
大休止の時にも、岡崎自身は大して休みもせずに兵たち一人一人の顔を見て歩いて回った。
散開して休止している兵たちの顔色には疲れの色が明らかだったが、誰も不満を口にしたり逃げたいと思っている様子はなかった。
2万を超えると思われるバルゴサの軍勢を前に、バイアランとカリザトの自衛隊総勢3000人ほど、および後詰めのトラホルン槍兵部隊3000人でどこまで対抗できるかは未知数だった。
守備隊が落とされてしまえば、バルゴサの地竜軍団を前に王都ボルハンは陥落する。
一方で、イサに駐留しているアガシャーを急襲して首級を上げることができればこの戦争を確実に終わらせることができるだろう。
バルゴサにも名だたる武将は存在するが、アガシャー王を失ってなお戦争を継続させるとは思えない。
それがトラホルン国王ギスリムの判断であった。
「あの、隊長、あれを――!」
北の空を見上げていた戦士の一人が岡崎に声をかけた。
「なんだ?」
戦士たちを慰労していた岡崎は振り返り、それを見た。
「空を飛ぶ竜?」
岡崎の優れた視力はそれを捕らえた。
話に聞くバルゴサの竜騎兵とは違う。翼をはためかせて空を飛んでおり、竜を御する兵士が首元に乗っているように見える。
そして、その下にはかごにようなものがつるされており、そこにも人間が二人乗っているようだ。
その竜はバルゴサ王国の方角からまっすぐ南西に飛んでいるようで、昨日岡崎たちが越えてきた方からディール山脈を越えてさらに南に――トラホルンの王都ボルハンの方へと――飛んでいくように思われた。