05-07.元特務隊長、防衛戦をする2
その夜、敵は夜襲を仕掛けてはこなかった。
死を恐れていないかのように、機械仕掛けの人形みたいに行進してくる敵民兵たちの不気味さに、おびえる自衛官もいるようだった。
中には逆方向に精神を失調して、ひたすら敵兵を撃ち殺すことに快感を覚えているような連中もいるようだったが。
「どうであれ、自分で引き金を引いて人を殺すっていうのはショックなことだよな」
木下ハジメは連隊長幕舎でそう言ってため息をついた。
「そうですね、そうだと思います」
副官の持田1尉がこの世界の茶を椀に入れてくれながら、そう言ってうなずいた。
持田はハジメの大統領時代に警護官をしていた男で、ハジメが大統領職を退いた後に、連隊に欲しいと言って方面に掛け合って引っ張ってきた人物だった。
物腰は柔らかく、発想が柔軟で何かと相談する相手としてはうってつけの男だった。
「民兵たちはおそらく何らかのクスリを使って洗脳されているんだと思うが、兵を無為に損耗させる意味は、こちらの消耗を狙う以外にあると思うか?」
「そうですね……」
持田はしばらくの間考えてから言った。
「口減らし、でしょうか」
「口減らしってなんだ?」
「飯を食う人間を少なくする、みたいな意味です。食糧難が深刻だということですから」
「お前が兵隊になれば家族に飯を与えるぞ、とか、兵隊になれば食わせるぞ、とかで庶民を兵隊に召し上げて、それでもって最前線の消耗品として使い捨てるってことか」
「そういう感じではないかと思います。憶測になりますが」
ハジメはやるせない気持ちになった。
漠然と「王になりたい」と思っていた若い時代には、ただ自分の身を立てて高みに上ることだけを夢見ていた。
だが、大統領という職責に推挙されたときには少なからず、人々の幸福を願って職務に邁進しようと考えていたつもりだった。
しかし、現実はどうだ。大統領として特にこれといった成果も残せなかったばかりか、人を積極的に不幸にする戦いに身を投じて、罪のない庶民の虐殺に加担しているではないか。
「俺はどこかで道を間違えたのかなあ……」
ハジメはぽつんとつぶやいた。持田はそれを聞き逃すことなく、静かに言った。
「弱気は禁物ですよ、連隊長」
「俺は弱気になっているのか?」
「はい。反省すべきところを探すのは戦いが終わってからにしてください。まずは勝って、あとのことはそれからです」
「だよなあ」
ハジメは同意した。