03-18.魔導少女、誘惑を試みる
プラッド魔導学院の教師である錬金術師ライラスは小柄で小太りの中年男であった。
人当たりは悪くないほうで、生徒への教え方も決して下手ではない。
ただ、生徒から人気があるほうではなく、特に女子生徒からは不人気である。
その原因の第一は不潔感であった。白髪交じりの頭に常にふけがたかっており、ときどきそのあたまをぼりぼりとかきむしる癖があった。
(あれ、生徒から苦情がいってナーセル教頭が指導したりしないのかしら?)
イルマは常々疑問だったのだが、錬金術師としてはライラスは非常に有能なようで、一部の生徒からは慕われてもいるようだった。
ライラスは独身で、女子生徒から親しく話しかけられると明らかに舞い上がるところがあった。
意地の悪い女子生徒の中にはそういうライラスの反応を見て面白がり、陰で小馬鹿にするという遊びが流行ったこともある。
イルマはそれを楽しいとも、逆に可哀そうとも思わずに大した関心を寄せていなかったのだが、魔導の力を剣に付与する術式についてライラスに確認した際、ライラスがいささか挙動不審になるほど舞い上がったのを覚えている。
それ以来、ライラスがちらちらとこちらを見ているような気がしていたが、友人のアイナに、
「ちょっと、イルマ。あんた気を付けたほうがいいよ。ライラス先生、明らかにあんたのこと意識してるから」
と忠告されて、自分の気のせいではなかったかと納得した。
男子生徒の中にもイルマに近づきたいと考える者は多かったが、そのたびにイルマは、
「好きな人がいるのでごめんなさい」
とにべもなく伝えて断ってきた。
「相手は誰なのか?」
と聞かれたら、そこは曖昧にしてきた。
いっそのこと「タモツ」と言い切ってしまえば話は早かったのだろうが、学院内での恋愛沙汰はご法度となっていたのでそういうわけにもいかなかった。
淡い好意を抱きあう程度のことや手を握り合う程度ならばとがめだてられることは無かったが、キス以上の行為が認められれば退学、という厳しい校則が存在していた。
それというのも、過去に男女の恋愛にまつわるトラブルの結果、学院の中に魔導の炎が飛び交う悲惨な事態が巻き起こった事例があるらしく、プラッド魔導学院では惨事の再来を防ぐために予防線を引いているようなのだった。
(この校則を盾に取れば一線を越えなくても済みそうだけど……)
イルマはライラスの研究室の扉の前に立って思った。
(もし必要なら、私は何でもやる)