03-17.魔導少女、過去を振り返る
イルマ・ラティルは親に売られたときに何をしてでも成り上がる覚悟を決めていた。
借金のカタに身を売られたということに対する悲壮感はあまりなかった。
そして、自分を売った親を恨んでもいなかった。
イルマの父はかつてはイルマの祖父から事業を引き継いだカディールの商人で、主にカディールとトラホルン間の交易で財産をなしていた。友人の商人が東方通商連合の南洋貿易に手を出した際に、一緒に大きな出資をしたのがケチのつきはじめだった。
貿易船は旅立ったまま帰ってこず、難破したか海賊船にやられたものか、音沙汰がなかった。
これで、イルマの父は大きく財産を失った。単なる出資者というだけではなく友人の借金の連帯保証人になっていたのが痛かった。
イルマの父は抜け目のないタイプではなく、非常にお人好しな人間だった。
父は南洋貿易からは手を引き、従来からの交易に力を入れることにした。カディール北方の遊牧民から買い入れた羊の皮を使った、羊皮紙の交易である。
だが、折悪くトラホルンでは異世界自衛隊製の「紙」が安く市場に出回り始めており、価格が高いうえに使いにくい羊皮紙はトラホルン国内ではまるで売れなかった。
イルマの父はバルゴサに向かう商人に大量の羊皮紙を売り払ったが、いずれも買いたたかれてしまった。
キャラバン編成のための資金もつき、母の実家があったボルハンに身を寄せたものの、じきにイルマたち家族は困窮した。
そして、もともと病弱だった母親は亡くなってしまった。
そんなある日、唐突に王宮警護隊に伴われた白魔導士がイルマたちの家を訪ねてきて、イルマの身を預かりたいと言ってきた。
人身売買はカディールでは普通に行われていたが、トラホルンでは聞いたことが無かったので父は驚いた。
しかし、身柄の引き取り手が国王であり、娘を魔導士として育てるということを約束したので父はイルマを説得した。
イルマ自身も、幼少期とは打って変わった貧乏生活には耐えられなかったので、納得してそれを了承したのだった。
そうして身柄をギスリム国王に引き取られて以来、6年もの歳月が経過していた。
白く抜けるような肌と、栗色の髪、茶色の瞳。多くの男を注目させる容姿。
この美しさは自分に備わった天性の武器だとイルマは考えていた。
どんなことをしてでも成り上がるのだと、身柄を買い取られたあの日に自分は誓った。
イルマは錬金術師ライラスを誘惑するつもりであった。