03-10.元連隊長、世界情勢について考える2
タモツは資料庫の棚の前に突っ立ったまま、じーっと考えていた。
カディール、バルゴサ、トラホルン、東方通商連合、イサ。
これにもう一つ、はるかな北方、カディールの遊牧民族がすむ草原地帯よりも北に一年の大半を雪と氷に覆われたライフェルという国があるらしいのだが、そこは今回の戦いに特に関係ないと思われた。
バルゴサの立場をカディールが支持する一方で、トラホルンには新日本共和国がついている。
言うまでもなく、異世界転移者や転生者の日本人によって作られた出来立ての新興国家である。
この世界の他のどの国も持たない近代兵器を有する別世界の軍隊、自衛隊を中核とする軍事国家と言えた。
(この世界のトラホルン以外の国の人々は、どれほど自衛隊について知識や情報を持っているのだろう?)
タモツは疑問に思った。
魔導にあまり明るくないというバルゴサはさておくとして、カディールであれば商人や旅人などを装って魔導士をトラホルンに送り込み、その情報を念話によって本国に伝えさせるくらいのことはしているのではないだろうか。
あるいはもっと直接的に、人を行き来できる転送門の術式を使えばスパイや軍人を移動させることもできるかもしれない。
トラホルンの初代国王は魔導士たちの力が増大することを恐れて、王国が養成する白魔導士たちには厳しい戒律を定めて力の行使を抑制したが、カディールが魔導士たちにかけている制約はそれよりもかなり緩い。
この約束事を回避して、例えばバルゴサに雇われてカディール以外との戦争に加担するようなことだって、やろうとすれば出来てしまうのではないか。
同様に、タモツもカディールの魔導士ギルドの制約を脱法的に回避して、必要ならば新日本国やトラホルンのために魔導を戦争に使うこともいとわないという考えになっていた。
(タモツ、お前は変わった)
という、冴子の声が聞こえた気がしてタモツはぎょっとした。
転生直後から戸田冴子は何かのワガママのようにタモツのことを避けたり、批判することが多くなっていたのを思い出した。
それについて、タモツは年齢差が逆転したことを冴子が気にしているのだと考えてきた。
だが、おそらくそれは違うのだとタモツは思った。
かつて同期だった刈谷ユウスケを、自分はこの手で殺害した。それ以来、きっと何かが自分の中で変わってしまったのだ。
必要となれば手を汚すことをいとわない。そういう覚悟ができたのだと自分では思っていた。
だが、どうなのだろう。僕は主戦主義者に鞍替えしたのだろうか?
タモツは冴子の顔を思い浮かべながら、しばし資料庫で立ち尽くしていた。