03-03.元連隊長、先輩を止める
アストランは酒の代金として、非常識に大きな金額を支払おうとしていた。
(ジッド取引の現場を押さえた!)
タモツは木の棒を片手にアストランのほうに飛び出して行った。
「先輩! だめだっ! そんなものを飲んでは!」
「タモツっ!?」
代金と引き換えに酒を受け取ったアストランは、驚いてタモツを振り返った。
「なんだてめえはっ!?」
違法の魔酒の売人はひげ面の大男で、力にも自信があるようだった。
銃剣に見立てた木の棒では、とうてい8歳の男の子が勝てるような相手ではなかった。
「かかってこいよ、おっさん!」
タモツはヴィーツが言いそうな挑発をしてみせた。
「このガキがっ!」
売人は簡単に挑発に乗って、タモツをひねりつぶそうと襲い掛かってきた。
刹那――。
タモツは炎の術式を編んで男の身体に火をつけた。
「ぎゃああっ!」
「自分の身を守るために魔導を使うことは許されているんだったな」
(いささか過剰防衛気味だけど……)
タモツは続く術式で鎮火させた。大男は気を失って倒れた。
「タモツ、君はいったい何者なんだ……」
アストランはジッドの瓶をかかえたまま、おびえたように後ずさりした。
「何者でもないよ。アストラン、あなたの後輩で同期生。それだけ。君のことが心配で後をつけてきたんだ」
「魔導を使えることを隠していたんだね。内心では僕のことを馬鹿にしていたのか?」
「そんなことはない! 魔導を習得していることを隠していたことが気に障ったなら謝るけど」
「僕のことが心配だったって? 隠れた優等生の余裕っていう奴か」
「悪く受け取らないでくれアストラン。とにかくジッドはダメだ。タホみたいにその酒で命を落とすかもしれないんだぞ!」
「ふふっ。ははははっ」
アストランは魔酒の入った小瓶からやわらかい木の蓋を引き抜いた。
「魔導が使えないままいつまでもこんな立場に甘んじるなら、いっそ死んだほうがマシだ」
タモツが止める間もなく、アストランは瓶の中身をすべてあおった。
「アストラン! なんてことを……」
タモツは凍り付いた。
そして、しばらくの間二人は沈黙したまま立ちつくしていた。アストランが死に至ることは無かった。
「あはははははっ! 死ななかった! 僕は死ななかったぞ! 僕は賭けに勝ったんだ!」
アストランは狂気のように笑った。
「アストラン先輩……」
アストランが死ななかったことにはほっとしたが、魔導の開眼と共に失われたアストランの寿命のことを思うとタモツの心は沈んだ。