02-13.元特務隊長、出発する
例の武術大会から3か月が過ぎ、木下ハジメ大統領はトラホルン国内をまたも巡視することに決めた。
「大統領というお立場は身軽なものではありません。思い付きで動くことはお控えいただきたいものですな」
森本モトイ首相は面白くなさそうにハジメをとがめた。
「身辺警護の者たちも大変ですし、突然訪問されては出迎える側だって困るでしょう」
「自分の身辺なんざ自分で守れるさ。それに、大将はよく兵に声をかけよっていうじゃねえか」
木下ハジメはやや嫌味を含んだ首相のとがめだてなど気にしたそぶりもなく、笑って言った。
「前線で働く兵隊さんたちに、ちょろっと声をかけただけでやる気を出してもらおうっていう話だよ。カネや勲章で報いてやることはできなくても、激励くらいしてやりたいじゃねえの」
「お考えは分かりますが……」
「それに、カリザトとバイアランの兵力配備がどうなっているかこの目で見ておきてえしな。数年内にバルゴサのアガシャーが攻めてくるのはほぼ確実だ」
「トラホルンと新日本共和国とは一蓮托生。バイアランの防衛線は我らの防衛線でもありますからな」
「噂の竜騎兵軍団をそこで食い止めて撃退しなくっちゃならねえってわけだ。その時俺が大統領でいるか、それとも森本さん、あんたが二代目大統領になっているか、あるいは他の誰かなのかわかんねえけど、おっそろしい重責を担うことになるぜ」
異世界自衛隊が魔獣や怪物ではなく、人と戦う戦いが行われる可能性が濃厚になっている。
「押井が以前バルゴサに滞在していたときには、地方で飢饉が起きていたが、国全体の食料供給はそれほど悪くなかったようだ。だが、どうもこのごろ状況は悪化してきたらしい。兵力増強のためには時間が欲しいが、国民は飢えていてそれほど時間はねえ。いつトラホルンに攻め入るかは、その二つを秤にかけているところだろうな」
「トラホルンとバルゴサの間で長く翻弄されてきたというイサは、現在バルゴサに抑えられているとのことですが」
「バルゴサ軍の駐留を許して、他にも言われるがままなんだろう。現在イサを治めているラヤーナ議長はアガシャーの傀儡だ」
ハジメは身支度を整え終え、自分の荷物を背負って森本モトイに軽く手を振った。
「つうわけで、戦争の足音が迫っている中で前線勤務されている兵隊さんたちを慰問してくるわ。イムルダールやイズモでふんぞり返っていたところで特に何もすることはねえしな」
「わかりました。お気をつけて」
森本モトイは諦めたように苦笑いを浮かべて見せた。