09-01.元特務隊長、カリザトへ行く
異世界自衛隊第5普通科連隊長である1等陸佐木下ハジメは、カリザトの方面総司令部から呼び出しを受けていた。
トラホルン王国の次期女王となるシーリン姫の戴冠式が間近に迫ったある日のことであった。
「なんだ、急に呼び出しって」
「お心当たりはないのですか?」
「さあな。特に悪いことをしでかした覚えはねえが……」
道中の身辺警護のために副官の持田2尉を伴い、ハジメはバイアラン駐屯地からカリザト駐屯地へ移動した。
カリザトには妻のカナデが、親友である沖沢タモツの下でなにやら戦車の改造とやらをしているらしかった。
立ち寄って挨拶をしようかとも思ったのだが、方面からの呼び出しは「至急」ということだったので、ハジメはそちらの要件を先に済ませてからにすることにした。
カリザト駐屯地には、奥に駐屯地内駐屯地とも言うべき方面総司令部が存在している。
前大統領で現連隊長ということもあり、ハジメは顔パスでその営門をくぐりぬけた。
方面総監室に通されたハジメが総監から直々に告げられたのは、もう一度大統領をやってみる気はないか? という打診であった。
そして、このごろ急激に体調を崩したという森本モトイ大統領が、自分の命があるうちにもう一度ハジメに会いたがっているということだった。
「モトイのじいさ……いや、森本大統領の具合が悪いんですか?」
「医官の見立てではおそらく進行した胃がんではないかということだが、検査機材が無いのではっきりとは分からないとのことだ。ただ、森本大統領ご本人はご自分の死期を悟っているとおっしゃっていて、最期に君と会って話をしたいのだそうだ」
「そうなんですか……」
ハジメは急に告げられた事実に、自分でも意外なほどショックを受けていた。
森本モトイとハジメは新日本共和国建国に当たってタッグを組んでいた関係だったが、個人としては考えの合わないところもあった。
特にハジメから見ると森本は主戦論者のように見え、いわゆる右翼思想に大きく傾いているようにも思えた。
ハジメ自身は基本的には保守思想に共感しつつも、現世に居たときは韓流ブームなどにも人並みに関心を持っていた。その点で、中国や韓国などを時として蔑視するように吐き捨てる森本の言説に危険な匂いを感じることもあった。
そんなわけで、個人として仲が良かったかというと決してそうは言えない間柄だったのだが、その命が失われつつあるのかと思うと、ハジメは急激な寂しさを感じて戸惑っていた。