08-19.元連隊長、シーリン女王に嘆願する
「合理性によらない、ひとりひとりの信念のようなものにまで王者は気を配らなくてはならぬと、あなたは思う?」
サルヴァ姫はタモツにたずねた。
「それは、私にはわかりません。物事を強力に推し進めていくにあたって<みんなの意見>なんていうものをいちいち聞いていたら物事は進まないんじゃないかと思います。全員が合意する意見などというものがあるなら、それは無難きわまりないものでしょう。改革というものにはならないのではないかと思います」
タモツは言った。
「ならばお父様は大筋では間違っていなかったと考えていいのかしら。あるいは、パバールのような謀反を引き起こしたことも、致し方ない運命だったと?」
「難しいです。誰かがギスリム前王陛下とパバール導士の間に入って、考えの合わないもの同士をすり合わせる役目をすべきだったのかもしれません。あるいは誰か、パバール導士の考えや思いを聞いてあげる人が近くにいたら悲劇は起こらなかったのかもしれないです。ご質問の答えになっているかどうかわかりませんが」
「十分です、タモツ。私がバルゴサを治めるにあたってどのような点に配慮すべきか、その考えの材料になりました」
サルヴァ姫はにっこりと笑った。
「幸い、私には良き王配がいます。ザッキーは今、バルゴサ語を懸命に習得しているところです。バルゴサ王国を治めるにあたって、わたしは夫の意見をよく聞き、自分と合わない者に対しては夫を近づけてみることにします」
「はあ……、がんばります……」
岡崎はかなり自信なさそうにそう言った。タモツは笑った。
「岡崎くんなら役目にうってつけでしょう。武人だし顔は怖いけど気持ちは優しいし、バルゴサの人に好かれると思います」
サルヴァ姫と岡崎が連れ立って立ち去った後、しばらくしてシーリン女王たちがタモツの近くまでやってきた。
「本日は戴冠と結婚披露の儀、まことにおめでとうございます」
タモツは女王に歩み寄って日本式に深々とお辞儀をした。
「参列ありがとうタモツ。あなたのことは冴子からかねがね聞いておりました。先ほどサルヴァと話をしていたのね?」
「はい、もったいなくもサルヴァ姫の方からお声をかけていただきました。ところで、折り入ってお願いしたいことがございます」
「願い事? 短い話で済むことならばこの場で聞きましょう」
「ありがとうございます。私と共にカディールに潜入を命じられていたヴィーツとイルマという子供たちをご存じでしょうか?」
「そのような者たちがいるということは耳にしています。名前までは憶えていませんでしたが。それがなにか?」
「その者たちは亡きギスリム国王陛下に、その……身柄を預けられておりました。それを自由にしてあげて欲しいのです」
「身柄を……?」
シーリン女王は少しの間言葉の意味を考えていたようだったが、その顔に理解の色が浮かんだ。
「いいでしょう。父が命じたカディールへの潜入という任務は終わったこととします。その者たちがギスリム前王に対してどのような負い目を持っていようと、それは我が戴冠の慶事によって恩赦とします」
シーリン女王は鷹揚にそう言ったが<その代わり、わかっているな?>という目つきをして軽くタモツをにらんだ。
トラホルン王国においては、表立っては人身売買ということは禁じられている。国王自らがはかりごとのために子供の身柄を買い上げたという、その事実自体をなかったことにせよ、ということなのだとタモツは理解した。