08-18.元連隊長、サルヴァ姫と話す2
「そういえばタモツ、今日はこの場に<竜殺しのハジメ>が来ていないのはいったいなぜ?」
「はい、実は大きな声では言えないのですが……」
タモツはサルヴァの耳元に顔を寄せて、ささやくように言った。
「森本モトイ大統領の体の具合が良くなくて、イズモに召喚されたんです」
「あら、それは……」
サルヴァ姫は悟ったようだった。森本モトイ新日本共和国大統領は、トラホルンの基準からしたら驚くほどの高齢者だ。タモツの記憶が確かなら、今年でもう84歳になるはずだった。
共和制民主主義を未来の理想として掲げつつも、実体として現在の新日本国は軍事国家と言っていい。
国民となる自衛官や技官とその家族たちに対して、大統領選挙などが実施されるわけでもなく、次期大統領が誰になるかは事実上方面司令部の会議によって決まるようなものであった。
「道理で新日本国大統領の参列もなく、代行者の首相だったわけね。モトイ殿は、かなりお悪いの?」
サルヴァ姫はタモツの身長に合わせて少し身をかがめ、ひっそりとたずねた。
「おそらくもう長くはないのでしょう」
「それで、<竜殺し>が再任となるのですね」
サルヴァは納得したようにうなずいた。
そこへサルヴァを探していた岡崎がやってきた。タモツが右手を上げると、岡崎は軽く会釈をよこした。
「姫! 供も連れずにふらふらとお一人で! 心配したではないですかっ」
「あらザッキー。心配しなくても他の殿方に色目を使ったりはしませんことよ?」
サルヴァはケラケラと笑ってみせた。
「またそういう冗談を言ってからかう! あなたはバルゴサの女王となるお方、身の安全は確保していただかないと」
「そうは言っても、お父様は腹心の部下と思われていたパバールに殺されてしまいましたけれどもね」
サルヴァは真顔で、笑えない冗談を言った。
岡崎とタモツは思わず顔を凍り付かせた。
「ねえタモツ。私は人からよく父に似ていると言われて育ちました。父はパバールの何を見誤ったのでしょう? 私が失敗するとしたら父と同じ過ちを繰り返すのではないかと密かに恐れています」
サルヴァ姫はタモツのほうをまっすぐに見て言った。
「父が何を誤ったのか、どうすればよかったのか、忌憚のない意見を聞かせていただけないかしら?」
「そうですね、私の意見などで良ければ……」
タモツは岡崎の顔をちらりと見て、それからうーん、と考えこんだ。
「ギスリム前王陛下はとても頭が良くて物事が良く見えるお方だったと思います。しかし、それゆえに自信家で、自分の考えることが最も合理的で正しいと信じていたと考えます」
「そうね、お父様は誰よりも自分自身を信じる方だったと私も思うわ」
「一方で、パバール導士は合理性を越えて魔導の掟やトラホルンの伝統というものに、信仰心に近い思いを持っていたように思うのです。知らず知らずのうちにギスリム陛下はパバール導士の心や信念を傷つけていたのではないかと考えています」
タモツは静かにそう言った。