07-06.ギスリム国王、逝く
その時、それは起こった。
トラホルン国王にしてバルゴサの王位継承者であるギスリム・ハールバルムは演説のために登壇した。
演説台の下には四人のトラホルン兵が帯剣して警戒している。そして、ギスリムの背後には魔導防御のためにパバールを控えさせていた。
ギスリムは笑顔で民衆に対して手を振り、そして、第一声を発しようとしていた。
その時、それは起こった。
背後からパバールが自分の前に回ってくるのをギスリムは見た。
何かの魔導攻撃から身を盾にして庇おうとしてくれているのかと一瞬思った。
だがしかし、パバールはローブの右袖の隠しから銀色に光る短剣を一瞬で取り出した。
そして、それをギスリムの腹めがけて深々と突き立てた。
まずギスリムを襲ったのは衝撃であった。
理解の範疇を越える出来事が起こったという信じられない気持ち。そして、肉体を襲った衝撃。
身を焼くような痛みはその次にやってきた。
「パバール……、貴様……」
長身のギスリムはパバールの両肩に手を置いた。
「なぜだ、パバール……」
「あなた様は危険だ、ギスリム陛下っ! 人の身に相応しくない野望を持ち、この世の理を簡単に曲げてしまうっ!」
(そんな理由でこの私を弑するというのか……)
パバールの思い描く理念をギスリムには理解できないように、パバールにもギスリムが思い描く理想は理解できなかったようだった。
パバールに刃を突き立てられたことより、長く一緒に居ながら考えが通じ合わなかったことにギスリムは寂しさを覚えた。
兵士たちが登壇してきて、一人がギスリムの身体からパバールを引き離した。そして、もう一人が剣を抜いてパバールの胸に突き立てた。パバールは口から血を吐いて一瞬で絶命したようだった。
そして、ギスリムの身体は二人の兵士によって壇上から担ぎ下ろされ、広場の石畳の上に横たえられた。
「ギスリム陛下っ!」
朦朧とした意識の中で、聞き覚えのある声が聞こえてギスリムは意識を取り戻した。
「今うちの連隊から衛生小隊の隊員が来ますっ! 少しの間ご辛抱を!」
「……ハジメか。余はもう長くは持たないようだ」
ギスリムはハジメの顔を認めた。己の死が眼前に迫っているのを感じながらも、せめてみすぼらしい死にざまは見せまいと思った。
最後の強がりで、口元に皮肉そうな笑いを浮かべてみた。
「パバールが余を弑するほどに恨んでおったとは思いもせなんだ。余は少し事を急ぎすぎたようだな」
「王陛下、今はしゃべらないでください!」
ギスリムは最大の懸念事項を、この友に託すことにした。
「<竜殺し>よ。余の最後の頼みと思って聞いてくれ。この竜玉石の玉璽を我が娘サルヴァのもとへ……」
ハジメはこの期に及んで余計なことは言わなかった。
「わかりました。確かに玉璽をお預かりします」
そして、すばやくギスリムの首から玉璽の入った皮袋を外すと、それを自分の首に下げて胸元に玉璽をしまいこんだ。
「ありがとうハジメ。余はもう逝く。シーリン、サルヴァ、お前たちの結婚を見届けることができなんだ。許してくれ――」
トラホルン国王にしてバルゴサの王位継承者たるギスリム・ハールバルムは息を引き取った。