07-05.元特務隊長、現場に居合わせる2
その時、それは起こった。
木下ハジメは演説台の比較的近い位置からそれを見ていた。
トラホルン国王にしてバルゴサの王位継承者、ギスリム・ハールバルムが演説台の上にあがった。
王の笑顔はいつも通り爽やかで、快活さをたたえていた。
王を警備する兵士たちは演説台の下で、どのような者が現れて演説台に上がろうとしても防げるようににらみを利かせていた。
演説台の上にはギスリム国王と、その左後ろにひっそりと、影のように上級魔導士パバールが立っていた。
集まった民衆たちの歓声に手を振って応え、ギスリムは第一声を発しようとしていた。
そしてその時、王の後ろに控えていた魔導士パバールが王のほうに動いた。
演説台の下で警戒していた兵士たちの一人がそれに気づいたときには、すでに遅かった。
誰かが叫びをあげ、また別の誰かが怒声を上げた。
ハジメは信じられない思いでそれを見つめていた。
魔導士パバールが王の前に縋り付くように素早く動いた。
王の前に回り、ローブの隠しから手品のように取り出した短剣を閃かせた。
長身のギスリムは驚いた顔でパバールを見下ろしていた。
パバールは短剣をギスリムの腹に深く突き立てたようにハジメには見えた。
一瞬遅れて事態を飲み込んだ兵士たちが演説台の上に登壇した。
一人の兵士がパバールを王から引きはがし、もう一人の兵士がその胸に剣を突き立てた。
別な兵士が王の身体を支えて、もう一人の兵士が足を支えて演説台から下へと搬送した。
会場は恐慌状態になった。女子供が泣きわめき、男たちも口々に騒ぎ立てている。
会場の各所に配置された兵士たちがトラホルン語で沈まれ! と叫んだが、バルゴサの民衆たちは騒ぐことをやめなかった。
「衛生兵! 衛生兵っ!」
人々の間を縫って叫びながら、ハジメは演説台から運び出されたギスリム国王の下に駆け寄った。
「ギスリム陛下っ! 今うちの連隊から衛生小隊の隊員が来ますっ! 少しの間ご辛抱を!」
「……ハジメか。余はもう長くは持たないようだ」
ギスリムはハジメを認めて、皮肉そうな笑いを口の端に浮かべて見せた。
「パバールが余を弑するほどに恨んでおったとは思いもせなんだ。余は少し事を急ぎすぎたようだな」
「王陛下、今はしゃべらないでください!」
「<竜殺し>よ。余の最後の頼みと思って聞いてくれ。この竜玉石の玉璽を我が娘サルヴァのもとへ……」
「わかりました。確かに玉璽をお預かりします」
ハジメはギスリムの首にかけられている革ひもをつかみ取って、ギスリムの頭をくぐらせた。
そして、それを自らの首にかけて胸元に大切にしまった。