06-02.ギスリム国王、娘たちを見る
「例のアレは、もう公表いたしますの?」
近習たちの耳を意識してか、サルヴァは小さな娘が父親に内緒話をするようなそぶりで、ギスリムの耳に顔を近づけてきた。
「ああ、そうだな。今がそのときだろう」
ギスリムは深くうなずいた。
例のアレ――すなわち、バルゴサの正統な王位継承権を表すとされる<玉璽>の存在についてである。
竜玉石という宝石を精巧に彫り上げたその印の現在の持ち主こそ、トラホルン王家とバルゴサ王家の両方の血を引いているギスリム自身であった。
そのことは、ギスリムの母方の縁者たち数名と愛娘のサルヴァしか、まだ知らない。
そこへ、第一王女のシーリンが現れて玉座に駆け寄ってきた。
「お父様! ロトムたちをイサへ向けて送り込んだというのは真でございますか?」
自分になんの断りもなくロトムを危険な任務にやった、ということに対してシーリンは実に不満げな態度であった。
「ああ、シーリン。それならばもう終わった。そなたの許嫁がチヒロの助けを得て、見事アガシャーを討ち取ったのだ」
「ロトム様が!?」
「勇士として名高い祖父を越える偉業をなしたのだ。今後、ロトムは<竜王殺し>と呼ばれることになるだろう」
ギスリムはシーリンを手招きして、その頭を優しく撫でてやった。
「ロトムは実力がありながら、今までこれといった功がないことを少し気に病んでいるように見えた。戦乱を終結させた今回の功績は誰にもひけをとらぬ武勲となる。お前の婿として申し分のない相手といえようぞ」
「お父様……。そのようなご配慮をいただき、何と言ったらいいか。ロトム様が危険にさらされることばかりを案じていたわたくしが愚かでありました」
「良いのだ。お前のロトムに対する強い思い、余はよくわかっているつもりだ。今後は夫婦として国を盛り立てていってくれ」
「はいっ!」
気難しくて頑ななところこそあれど、シーリンは素直で感じやすい娘だった。父として、ギスリムは長女の扱い方については掌握しているつもりであった。
いずれはもう少し、国民に敬愛される態度をとってもらわなければならないだろうが、今はまだ幼いままでも良かろう。
ギスリムはシーリンの髪を撫でてやりながら、そう思っていた。
利発でたくらみ好きの次女のほうに関しては帝王学を教えるまでもなかった。
こちらの娘は、生まれながらの女王であった。
玉璽を掲げてバルゴサを掌握したのち、この娘はトラホルンとバルゴサにまたがる大国の女王になるだろう。
(それを見るためだけに、なるべく長生きしたいものだな)
と、ギスリムは内心で静かに笑った。