01-10.元駐屯地司令、外交武官は見た
ギスリム王の配慮により戸田冴子1佐はボルハン城の後宮に寝所を得ていた。
ある夜、冴子は後宮の一角にあるトイレに用事があった。用を済ませた後、頭巾のような被り物で顔を隠した細身の女が足早に後宮の裏手へ出ていくのを見かけ、とっさに追跡した。
(まさか、忍び込んだ暗殺者か――!?)
追いついて取り押さえるべきか迷ったが、ひとまずは距離を置いて追いかけた。
草樹の茂る裏庭に、体格の良い男の影が見えてきた。どこかで見覚えがあるような気もする……。
後宮の建物を侍女たちが出入りする裏口から出た女は、頭巾を取って男のほうに近づいていく。
(あれは――!)
冴子は裏口の陰から顔を出して、その男女が抱き合うのを目撃した。
(勇士ロトムの孫、ボルハンのロトム! それに、女のほうは……)
月明かりが抱き合う二人を照らし出し、戸田冴子は見た。
(シーリン第1王女!)
勇士ロトムはかつて冴子がギスリム第4王子に求婚されたとき、決闘の代理人としてタモツを投げ飛ばした男であった。
当時十代の後半だったそうだが、今では20代半ばという年齢になっているはずだ。
木下ハジメの部下だった岡崎には劣るものの相当な巨漢で、顔立ちはハンサムなほうだった。
ハジメがけしかけた再戦では岡崎に負けてしまったものの、ボルハンきっての勇士として名高い。
今ではギスリム王子配下の戦士たちの隊長になっていた。
(これは、許されざる恋というやつなのかっ!?)
冴子は若干の後ろめたさを感じつつ、物陰からじーっと抱き合う二人の様子を覗き見てしまった。
(ううむ。なんだこれは。これではまるで、あのドラマの家政婦ではないか)
まだ現実世界にいたときにテレビで見ていた、あるドラマのことを思い出しながら冴子は思った。
中年の家政婦が、なぜか先々で重要な場面に遭遇して人々の秘密を覗き見てしまうという作品であった。
(さしずめ外交武官は見た、というところか……)
シーリン王女は、自分が王子時代のギスリムに求婚されたのが気に入らなかったのだろうか、と冴子は思っていた。
が、もしかすると勇士ロトムはシーリン王女の初恋の相手で、ロトムが岡崎に敗れる要因を作ったということで、冴子のことがあまり好きではないのかもしれない。
第2王女のサルヴァは当時4歳のはずだが、シーリン王女は6歳。当時の記憶が残っていても不思議ではなかった。
(このことは国王には黙っておくことにしよう……)
と、冴子は考えつつその場を立ち去った。