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幼馴染の短編

傘、雨から隠し

作者: 田中正義

短編です。

友人に書けって言われました。書きました。

「ねぇ、今の状況、誰かに見られたらどう思われるかしら?」


 世界に染み込む雨音に紛れ、ぽつり彼女が溢す。

 急に降り始めた雨はまだ止む様子はなく、帰り道の何気ない会話の一つとして唐突に始まった会話の切り口。


 彼は一瞬だけその意図を考えるが、彼女の言葉の意味を考えても仕方がないと知っている程度には、彼と彼女は知った仲だ。


「カップルに見えるかってことか?」


 見えるだろうかと問えば、同じ傘を分け合う年若い制服の二人。鉛色の街の中、暗色の傘の下だけ見れば青春のワンシーン。

 道に並ぶ紫陽花のように、誰もがピンクや水色や、淡い色合いの関係性を期待するだろう。


 しかし事実は違う。ただの幼馴染の二人である。


「あら、あなたはそんな風に思っていたの?」


 意地の悪そうに細められ、隣の彼を見上げる目。マスクをしてても、口元は弧を描いていることが伝わるほどに喜色ばんだ声色。

 彼は未だに彼女の伝えたい意は汲み取れないが、揶揄われようとしていることだけは分かっていた。


「誰かに見られたら、という仮定だろ。男女が二人で相合い傘して他にあるか。で、何が言いたいんだよ」


 揶揄われる程度で腹を立てては彼女の相手は務まらない。

 文句は言わず、思った言葉を素直に返せば後に腐れない。17年間で学んだ彼なりの処世術である。


 焦る様でも期待していたのか、ドライを気取れば彼女はがっかりしたように行先に視線を戻した。


「別に。こんな美少女を侍らせて、いいご身分ね」

「不可抗力なのはお互い了承の上だったと記憶しているが」


 突然に降り始めた雨。備品として教室に置かれていた傘は少なく、数多求める生徒の中で、近所に住むことが知れ渡っている二人。

 誰の声だったか、半ば冷やかし混じりに「一本で足りるだろ」と押し付けられた傘が彼の右手に握られている。


 要は生存競争に負けただけである。


「それはそうだけれど、私は友達に見られたらと思うと恥ずかしいわ。あなたはそうでもなさそうね」


 校門を出てからいくら歩いたか、今更ながら吐き出された言葉。それならばもっと早くに気にして然るべきだろうと思う彼だが、藪を突いてどんな蛇が出るか分かったものではない。


「横に置いて恥ずかしい見た目の幼馴染だとは思っていないからな」


 彼は知っている。幼馴染はチョロいので、こうして煽てていれば自然と気が良くなって被害が少なくなることを。


「分かってるじゃない。私は男の趣味を疑われたらと思うと、気が気じゃないわ」


 彼は知らない。言葉の裏で、彼女が単に彼に褒められて嬉しがっていることを。


「それは申し訳ないが、整形の予定はない」


 彼は彼女に比べれば見た目が劣ることは自覚している。彼は客観的に十人が十人美男子と評するような容姿ではないが、彼女は十人が十人とも美少女と口を揃えるだろう。

 見慣れたと言えば贅沢な彼女の容貌、しかし隣に並んで比べられ慣れたと言い換えれば物悲しさが彼の心にも雨を降らした。


「外見の話じゃないし、そもそも別に悪くないし、マスクで見えないじゃない」


 お互いに下らない他人の評価には飽き飽きしている。並んで似合わないとか、俺の方が相応しいとか。だからこれはフォローではない。フォローではないのだと、彼女は誰かに言い訳するでもないが、彼自身が彼を否定することを否定する。


「確かに顔は隠れてるな。しかしそうすると、顔は誇れる幼馴染を侍らせているというステータスが薄れてしまった」


 彼女のそんな葛藤も知らず、飄々とした彼はいつも柳に風だ。

 だからこそ、いつからか彼女は彼が悶える様を見たいと思い始めていた。


 決して彼のどんな一面でも見てみたい、という理由からではない。もちろんそんな言い訳は、彼女以外の誰も知らないが。


「マスク美人って言葉、もしかして知らない?」


 自分で美人と言うのか、と内心で思う彼だが、しかし彼女にそう言い続けてきたのは彼である。

 だからこそ、彼女の言い草には少し気になる部分がある。


「ただの美人からマスク美人になると、格下げな気がしないか?」


「褒められてるのか貶されてるのか分からないわね」


 褒めている。

 マスクで隠れていない部分だけではない。彼女の美しい鼻梁に、微妙なラインを描く柔らかい頬。透明感のある桃色の唇は、笑うと綻ぶ花の笑み。

 彼は彼女以上に可憐な人間に会ったことがない。


 だが調子に乗せすぎても仕方ないので、そんなことは言わないでおく。


「そもそも俺の方は見た目じゃなくて内面を貶されてた話にならないか?」

「そうよ。気がつくのかつかないのか、昔からそういうところ」

「お前の話の飛び癖も昔からだろ。結局主訴はなんだ」


 やっと本題に繋がるのか、と彼は溜息も吐きたくなる。しかし溜息なんて吐くと彼女の機嫌がまた寄り道してしまうので、促すだけに留める。


「肩」


 彼との間の微妙な空間を見て、静かに彼女は溢す。


「肩?」


 彼女のことは理解しても、その二文字だけで把握できるとは彼は思っていない。


「私を濡らさないようにするのは当たり前だけれど、あなたが濡れたら私が気を遣わせてるみたいじゃない」

「……」


 露先から溢れる雫や、風に流された雨粒が彼の半身を濡らしていた。

 指摘されてしまえば正すのも吝かではない、確かに周りからはそのように見えるかも知れない。

 彼女の視線は悪戯気に、さぁもっと丁重に扱えと雄弁に語っている。


「私がその程度の低次元な配慮も出来ない男を捕まえてると思わせるつもり?」


 彼はようやく彼女の求めるところに合点がいった。

 どうやらそういう(・・・・)趣旨の茶番をご所望であるらしい。単に彼を揶揄いたいだけか、それとも言葉通り外面を気にしてか。

 彼女の内心としては単に彼に甘やかされたいだけなのだが、いずれにせよ、素直に乗っかる彼ではない。


「捕まえてるのか?」

「たらればの話よ。恥ずかしいから、もっと寄ってくれる?」

「逆だろ、普通は」

「どうせ今更何とも思わないでしょ」


 そこで彼は少し思案すると。

 雨音のリズムに鼓動を狂わされたか、意趣返しに普段と少し違う言葉を返してみることにした。



「何とも思ってなければ、そもそも距離も空けてないんじゃないか?」



 事実のみを並べた一言は、しかし彼女の歩みを止めるには十分な威力だった。

 雨に晒さないように彼も歩みを止めて振り返れば、彼女の顔色は立ち並ぶ紫陽花の水色を映している。

 不安気に揺れる彼女の瞳は、彼の心を窺っていた。


「……もしかして私、嫌われてる?」


 絞り出された恐れは、雨にかき消されそうなほど弱々しい。普段の彼女の強気な様子からはあまり想像出来ない反応だった。

 思わず彼も、想定と違う結果にどうしたものかと身の振り方を考えてしまう。


「普段の自分の言動を考え直してみるといい」

「…………どれかしら?」

「……」

「何か言ってよ」

「言葉もないな」


 焦る彼女が思い出を振り返るが、記憶の中の彼が取り乱して怒るようなことは勿論、不機嫌を露わにするようなこともない。

 であれば最近しでかした(気がする)失敗と言えば、


「もしかして昨日えっちなお楽しみのところに電話したの気にしてる?」

「あれは咄嗟に動画をミュート出来なかった俺も悪かった」


 男子とはそういうものであると理解している彼女からすれば、その場で流しこそすれど、彼に雄を感じる瞬間であった。

 そのまま他愛ないことを話し込んでしまったが、今更ながら彼はどんな状態だったのだろうと、体が熱を持ちそうだった。


「じゃあお昼にあなたのミルクティー全部飲んじゃったこと?」

「甘すぎたからそれはいい」


 いくら彼女が一方的に意識しているとは言え、流石にお互いに間接キス程度を気にすることはない。幼馴染としてその段階はとうに過ぎている。

 気にすることはないが、その機会を作らないとは言っていないけれど。


「どれよ!」


 考えても埒があかずそのままを彼にぶつけるが、こういう部分こそ彼に嫌気を刺させるのかも知れない。

 しかし言葉を出せばもう遅い。彼女は、彼がどこか呆れたように彼女を見るその視線すら、直視できなくなってしまった。


「心当たり多すぎるだろう」

「だってあなた、何も言わないじゃない。……だから、いいのかな、って思ってた……んだけど」


 傘布を叩く雨のように淡々とした彼の様子に、彼女は思わず縮こまる。

 彼も少し苛めすぎたかと後悔するが、話を振ったのは彼女であると思い直した。たまには男らしく毅然と対応しなければならない。


「その勘違い、正してやろうか」

「……心の準備をさせて」


 彼に否定されてしまえば、雨の中ですら逃げ出してしまうから。

 しかし彼は止まらない。普段の彼女も止まらないのだから、相子だろうと自分の中で勝手な理由を作る。


「させない。そもそも嫌ってる相手と、相合い傘するか?」

「……」


 彼の言葉に、彼女の思考は曇り模様から晴れて真っ白になってしまった。


「寄り道すれば5分で寄れるコンビニで100円の傘を買う選択肢、あったろう」

「……確かに」


 少なくとも彼は思い付いていたことだが、彼女は言われて気付く。


 思考が追い付けば、むしろどれだけ今まで頭の中がいっぱいだったのかを思い知らされた。


「おい、熱でもあるのか。顔赤いぞ」

「マスクしてるでしょ!……っ!」


 見えないだろうと抗議しても、彼は聞く耳を持たない。

 それだけでなく、不躾に身体を寄せてくるではないか。止まって、と彼女が仕草で見せても、無視して彼は肩を触れさせた。


「寄れって言ったのお前だろう」


 彼からすれば、そもそも道端の紫陽花のピンクに負けず、覗く耳まで朱に染まる様が見えている。

 それを指摘することはないが、代わりに行動が止められない。


 過去の彼女の言葉が、余裕を無くした今の彼女を責め立てていた。


「だって、今の流れだと!」


 突然の距離に戸惑いが先に浮かぶが、おかしい。こうなることを望んでいたのは彼女ではなかったか。

 冷雨で濡れた靴元でさえ、何だか熱を帯びている気がした。


「煽っといてそれは情けないんじゃないか?」

「う……ぅ……。み、密」

「風通しはいい、三密回避だ。危ないのは濃厚接触」


 どんな風なのが危ないのか、彼はそれを実践しようと彼女のマスクに手をかける。


「人、人いるから!」


 彼女はせめてもの抵抗の声を上げるが、不思議なことに身体は彼を拒もうとしない。

 こんなに自由が効かないものだっけと、彼女はふわふわした意識で彼にされるがままになるしかなかった。


「確かに往来だからな。ところで、寄ったら少し傘に余裕が出来たんだが」


 言うが早いか彼は彼女の身を寄せて、傘を深く傾ける。すると雨からも人の目からも、二人の姿は隠された。



 その後のことは、紫陽花と恋人達だけが知る。

友人(https://mypage.syosetu.com/906928/)に「合作やってみたいから会話分だけ寄越せ」って言われて台詞だけ投げたら、やっぱ全部書けって言われました。

同じ会話分から別の話を書いてます、あっちのも読んであげて下さい。

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