坂崎と葵
「あの三奈坂さん、ちょっといいですか? 例のことで話があります」
「話ね、よくないわ」
「そんな、そう言わずに」
思案顔で物思いにふけっていた私に、坂崎が声をかけてくる。
タイミングからして葵がいなくなるのを見計らっていたに違いない。
断ったものの、坂崎はそう簡単に引き下がる気はないらしい。 結局、暇だったのでついて行くことにした。 何となく気持ちが落ち着かなくて、一人でいるのが嫌だったからだ。
階段の踊り場までやってくる。 ここは昼休み中でもあまり人気がない。 たまに生徒が通りかかる程度だ。 もっとも吹き抜けているので死角からでも会話を聞くことができてしまうのだが、他に都合のいい場所がない。
「それでなんの話、私から話すことはもうないわよ!」
「例の協力の話です。 イグニスの正体について心当たりがあるんです、っていったらどうですか」
まだ協力しようとしているらしい。 ありがた迷惑というか何というか。
だけど、情報収集をしておくに越したことはない。
「相手が誰か、根拠はなんなのかを簡潔に説明してくれる」
「イグニスは瀬川恵美会長だと思うんですよ。 しゃべり方とか顔に面影があると思うんですよ、もちろん他にも理由はありますよ」
瀬川会長という線は私も考えていた。 しゃべり方がイグニスなのは以前にも述べたが、顔に面影があるというのは私には分からない。
二人とも美形だという点を除けばさほど共通点はないように思える。
瀬川会長は生粋のお嬢様でその容姿は大人びたフランス人形――人間味のあるマネキン、CGで描かれたような美少女。 とにかく完璧超人。 それでいて女らしく嫋やか
対するイグニスは同じ美形でも、見目麗しい男装の麗人、切れ長の瞳は男性よりむしろ女性を魅了するだろう。 髪型はどちらもロングストレート、共通点としてはそれくらいか。
容姿は置いておいても、正体を隠さなければならないヴァルキリーが、あの特徴的な口調でしゃべれば一発で誰か分かりそうなものだ。
事実口調だけで見ればイグニスは十中八九、瀬川会長としか思えない。
それ自体が罠であると私は考えたわけだが。 考えすぎだろうか?
口調はともかくとして、顔の面影については全く分からない。
私は特に美形相手の区別はいまいちなのだ。 妹みたいなかわいい系ならば見分けられるだが、美形女はみんな似たような顔に見えていまいち魅力を感じない。
実は私自身も美人の範疇に入っているらしいが、いまいち実感がわかないし、坂崎相手にこの通りである。 まあ、こいつは相手が美形かどうかはきにしてなさそうだけど。
坂崎のような二次元愛好者に、三次元の女の区別がつくのだろうか? 自慢じゃないが二次元キャラなら私でも見分けられる。
「で、他の根拠ってなによ」
「それについては今日の放課後、僕の家に来てくれると嬉しいんですけど、別に変なことは考えてませんよ。 三奈坂さん変身するとすごく強いですし」
そういえばこいつに仮想世界うんぬんの話はしていなかった。 私が仮想でしか変身できないことを知らないのね。
「三奈坂さんは魔法少女で、壊れた家だって直しまうような変身ヒロインです。 僕なんかが、悪巧みしたところで返り討ちに遭うだけですからね。 僕も妙なことは考えてません。
ただ見ていただきたいものがあるんです」
こいつは重大な誤解をしている。
確かに私は変身ヒロインかも知れないが、断じて魔法少女などではないし、家を直した覚えもない。
妙な呪文を唱えたりとかハンマーを振り回したりはしないのよね。
衣装もゴスロリ、レオタードとかとんでもない。 まあ、髪型はツインテールなんだけどね。
その辺の事情はあえて教えてやる必要もないので黙っておくことにしよう。
弱みをひけらか素趣味もない。
放課後は葵との約束があるわけだし、しかし、今日の葵とファミレス行くのは正直気まずい。
さて、どうしたものか? ふと視線を感じて、振り向く。
げっ、あいつは校内一のヤンキーと名高い、二年の長谷川透じゃない。
目が合ってしまった。 どうしよう!? 因縁とかつけられるの?
―――と、向こうから視線を外すと、勝手にその場から去っていった。
何かこちらを観察しているようにも見えた。 怪しいちゃ、怪しい。
まさか、あいつがイグニス!? なわけないよね。 どうやっても想像ができない。
それにしても、ああ、びっくりした。 仮想でだったら恐れ必要など微塵もないのだけど、むしろ返り討ちの方向で。
くだらないことを考えていたら。 そこで昼休み終了のチャイムが鳴る。
放課後、葵を連れて学校を出ると、坂崎が待っていた。
「あの、昼休みでの事、考えてくれましたか?」
「ああ、ごめん、今日は葵と――」
「昼休みでの事って何!?」
断ろうとした矢先、葵がものすごい剣幕で坂崎にくってかかった。
正直今日は怖すぎますよ、葵さん。 何か悪いものでも食べたの?
「えっ、僕は少し三奈坂さんと用があって、僕の家で……」
「家って、七瀬、こいつの家に行くつもりなの!?」
「えっ、だから今断ろうと―――ほ、ほら、これから葵とファミレスに行く約束してるわけだし」
「約束がなければ行くのね!?」
「い、いや、そういうわけじゃ――!」
あまりの剣幕に押され、とにかく言い訳して誤魔化そうとする。
だって、私でも怖いんだもん。 今日の葵。
「わかったわ、今日はファミレスはやめて、私もこいつの家に着いていくわ。 文句はないわよね!?」
そういって坂崎を威嚇しながら、私の方にも流し目を送る。
「わかったわよ、一緒に行こう。 坂崎もそれでいいよね」
反論できる空気ではなかったのでそう伝える。 坂崎はしぶしぶ了解したのだった。
夕焼けが三人の形を影に焼く。 ただそれは酷く不鮮明で現実をとらえているとは言いがたい。 影だけを見れば並んで歩く私達は仲のいい友達同士かもしれない。
坂崎低はそんな夕焼けの住宅街の中に照らされる。 ごく一般的な一戸建てだった。
うん、仮想できたときとそっくりそのままごく普通ね。
当然といえば当然なんだけど。 坂崎を先頭にお宅に上がりこむ。
お邪魔しまーすとさしさわりのない挨拶をしながら、案内されるままに、奥へと進んでいく。
昨夜と同じ部屋まで案内される。 坂崎の家は純和風でたまにこういうところに来るとなんだか落ち着く。
私の家って洋風建築なのよね。 い草のにおいって落ち着くよね?
「それであんたのご両親は家にいるの? さっきから全然見かけないんだけど」
私がくつろいでいると、葵が棘のある口調で坂崎に詰め寄る。
「いえ、両親は共働きですし……家には誰もいません」
「つまり、それが分かっていて七瀬を部屋に連れ込んだわけね、このド変態!」
ホントに今日の葵は怖すぎる。 長いつきあいになるがいつもの葵じゃない。
今まで男っ気が皆無だったので、正常な行動をとれなくなっているのだろうか?
「そっ、そんなことありませんよ! ただちょっと見てもらいたいものがあっただけでっ」
坂崎が必死に弁解するが、その必死さがかえって嘘くさく移ることもある。
少なくとも葵の目にはそのように写っているのだろう。
もっと堂々とできないものだろうか。
最近眠くて、夜遊ぶ友達ができると生活リズムって崩れますね。 オンラインゲームしてるだけですが。




