表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ひとつ屋根の下の第六天魔王  作者: 深海 水面
第一章 鉄鎧の無頼
9/20

夢現の鎧武者 其ノ二

 

 ********************






「おい、南足(きたまくら)。元気かよ。」細川は弁当を口に運びながらぶっきらぼうに言った。


「うん?元気だよ。細川君は?」と僕は返事をした。


「別に元気だよ……文句あっかコラ。」細川は僕をギラリと睨みつけた。


「そんな睨みつけることないじゃない。」僕は微笑んだ。


 自分でも驚いたことに僕は今、細川君と一緒に学校の屋上で昼食を食べている。


 姉から友達のことに関して指南を受けた翌日、僕は勇気を出して細川君を昼食に誘ってみた。もしかするとこれまでの人生で一番緊張する瞬間だったのかもしれない。教室ではほとんど会話をしない僕たちだが、ここへ来ると多少は言葉を交わすようになった。

 僕が細川君を誘って、本来ならば立ち入り禁止になっている屋上で一緒に昼食を食べた翌日、何も告げずに弁当を持って席を立ち、彼に目配せしてから僕は屋上へ向かった。するとしばらくしてから細川君が、僕からは何も言っていないのにもかかわらず屋上に現れた。この時はまるで恋が成就したかのように嬉しかった。

 ちなみにこのことを姉に話したら、掘り起こされた山ミミズのようにのたうち回って狂い悶えていた。


「クッソねみぃ。」片目を閉じて眉間にしわを寄せながら細川は呟いた。


「春だからねぇ……。」と僕は無難な言葉を返した。


僕の高校の昼休みはきっちり一時間ある。このごろはその時間中ずっと屋上で、細川君と二人でいるのだが、かわす言葉はこれくらいのものだ。弁当を食べ終えれば僕は小説を読むし、細川君は胸ポケットからスマートフォンを取り出してゲームをしたりし始める。

僕は沈黙が苦手な方だと思うが、細川君相手だと何も話さない時間も苦にはならなかった。お互いに好きなことをして、相手が喋りかけてくればそれに応える、短い関係性だけれど僕にとってはそれが存外に心地よかった。


「今流行ってる噂知ってるか?」細川は僕に訊ねた。


「鎧武者のやつ?」と僕はそれに応じた。


「おう。嘘くせえよな。誰が流したんだか。」細川は、ふんと鼻を鳴らして嘲笑した。


「寝てないのに夢を見るってのもおかしな話だよね。」と僕は話を合わせた。


「そういやてめぇ、今日現国の授業中寝ただろ。」なんの脈絡も無く細川は言った。


「えっ。寝たかも。」僕はギクリとした。


「イビキすげーぞ、お前。」細川は顔を背けて鼻で笑った。


「う、うるさいなあ!ほっといてくれよ!」僕は赤面しながら言い返した。


そこで予鈴が鳴り、僕たち二人は屋上をあとにして教室に戻った。

今日はいつもより沢山会話ができた。冗談みたいなやり取りもできたし、細川君は確かに笑っていた。その事が僕の内に底知れぬ充足感をもたらしていた。







********************






「という感じだったよ、今日は。」と僕は姉に今日の様子を話した。


「嗚呼もう死ぬほど可愛い。ずっと見てたい。」と姉は興奮しながら言った。


「あのさあ、姉ちゃん最近ちょっと気持ち悪いよ?酔っ払ってる時はあんなに含蓄あること言ってたのに……。」僕は少し引き気味に言った。


「みっちゃんも細川君もピュア過ぎるの。そういう荒削りな感じとか、照れ隠しな感じとかが前面に出るのって今だけなの。大人になっちゃったらさ、良くも悪くも他人との接し方を覚えちゃうんだから。」姉は饒舌に解説した。


姉様(ねえさま)の言う通りじゃ。お主はもっと自分に正直に生きた方がよい。殻に閉じ篭っていても窮屈になるだけじゃぞ。」と弥生は援護した。


「さっすが弥生ちゃん。いいこと言うねぇ。」と麻希は褒め讃えた。


姉様(ねえさま)には負けるのう。」と言いながら弥生は頭に手を当てた。


当たり前かもしれないが、僕の姉と弥生はとても良好な関係性を築いていた。今のように、僕がどちらかと対立構造をとる場合には、常に二対一になってしまうほどにだ。

正直に言って全く気に入らない話だ。姉はともかくとして、姉という現段階での家長にも等しい存在に、媚びへつらうこの第六天魔王の順応性に少しばかり苛立ちを覚えてしまうのだ。


「なんじゃ、光秀。箸が止まっておるぞ?」弥生は勝ち誇った顔で言った。


「えっ。ごめん、美味しくなかった……?」姉は悲しそうな顔で僕を見た。


「いやいや、ちょっと考え事をしてただけだよ!姉ちゃんの料理はいつだって美味しいよ。」僕は慌てて答えながら、皮がパリパリのウインナーを一口頬張った。


いかにも言わされている風だが、僕の姉の料理がいつでも美味しいことだけは真実だ。


「ごちそうさま。」僕は残りのおかずとご飯を口の中にかき込んで、ちらりと弥生の方を見ながら言った。


「わしもごちそうさま、じゃ。残してしまって申し訳ないのう……。最近下っ腹が気になっての。」と弥生は言った。


「わかる、わかるよ。頑張ろうねっ。」姉は右拳をぐっと握りしめた。


僕は黙って弥生が残したおかずを全部口に放り込んだあと、二人で二階への階段を登って行った。









「随分と忖度が上手くなったな。」僕は自室に戻ったあと、憎しみを込めて言った。


「なあに、善良な者にはそれに相応しい態度をとっておるだけのことじゃ。お主のような情欲に塗れた者とは違って、お主の姉はこの浮世の荒波に晒された上で無垢に近い。誰にでもできることでは無いからの。」と弥生は返した。


「へっ。自慢の姉だからな。」と僕は不貞腐れながら言った。


「では、行くとするかの。」と弥生は僕の部屋の窓を指した。


窓のへりには弥生のローファーと僕のスニーカーが揃えて置いてあった。


「うん。」と僕は頷いた。


ここ数日の僕と弥生の日課は、夜間のパトロールだ。件の鎧武者の現場を直接この目で確かめるか、あるいはそれに近づくための情報を得るためだ。


弥生が念ずると、窓から玄関までを繋ぐ硝子のように無色透明な階段が出現した。僕達はそれを下って自宅の外へ出た。

この時ばかりは、僕と弥生も学生服というわけにはいかず、補導されるのを避けるために私服での巡回になった。


弥生はセーラー服の紺色のスカートの上に、僕が貸した彼女にとっては少々大きいサイズのグレーのパーカーを着ていた。つくづく思うがこいつは喋らなければ本当に可愛い。喋らなければ。


弥生には気恥ずかしくてとても言えそうにないが、僕は暗くなってから街に出たことがほとんど無い。だから夜遊びをしているという少しばかりの罪悪感は感じるが、いつもと違う街の雰囲気は、僕にとって本当に新鮮に感じられた。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ