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ひとつ屋根の下の第六天魔王  作者: 深海 水面
第一章 鉄鎧の無頼
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天魔のプロポーズ 其ノ二

「ひとつ聞いてもいいかな?」と僕は切り出した。


「なんじゃ。言うてみい。」波旬は姉の姿のまま答えた。


「実を言うと波旬(はじゅん)っていう名前は聞いたことがないのだけれど、第六天魔王(だいろくてんまおう)の方は聞いたことがあるんだ。僕の記憶が正しければそれって織田信長のことじゃないか?」と、気になっていることを僕はそのままに言った。


「ほう、確かにそやつもそう呼ばれておったかもしれんな。じゃがそれは仏敵(ぶってき)としての信長を、誰かがわしに(たと)えただけじゃろ。比叡山(ひえいざん)を焼き討ちになんぞするからじゃ。そもそも織田信長というのは人間界の存在じゃろうに。」乾いた音で鼻を鳴らしながら波旬は答えた。


 なるほど、それはよかったと僕は思った。もしこいつが織田信長の怨念みたいなものだったら、僕の名前を聞いた瞬間、撫で斬りにされるかもしれないからだ。


「じゃあお前は何界の生き物なんだよ。」僕は眉をひそめた。


「ほほほ。『お前』とは大きく出たもんじゃの。まあよいわ、説明してやろう。わしも含め、お主らが住む世界は果てしなく巨大な塔じゃ。」波旬は説明しながら空中に指で塔の形を書き込むと、その軌跡が白色に光った。


「うわっ。」僕は目を見開きながら声を漏らした。

 もはやこいつが人外であるということは僕の中で確信に変わっていた。しかし話し方に癖はあるものの、物腰は柔らかく、自分に危害を加えたりするかもしれないということは不思議と全く考えもしなかった。


「お主は六道(りくどう)という言葉を知らんか?」波旬はこちらを向いて訊ねた。


「六道って、輪廻転生(りんねてんせい)とかのアレか?」返答に聴き覚えがある言葉を添えてみた。


「そうじゃ。人間界における仏教の話じゃが、あれも案外マトを外しておらんのじゃ。さっきはこの世界を塔に喩えたが、輪廻転生とは命尽きた時にその塔を登ったり降りたりすることに他ならん。生前にその階で良い行いをした者は上の階へ、悪しき行いをした者は下の階へ、そういう仕組みのことじゃ。」波旬は理路整然(りろせいぜん)と前置きを話した。


「生前の行いで魂の格が上がったり下がったりするみたいなことか?」どこかの宗教団体が(うそぶ)いていそうなことを言ってみた。


「ほう。お主、見かけによらず理解が早いな。その通りじゃ。さきの六道の話に戻るが、六道というのは塔を六分割する考え方を言うわけじゃ。下から地獄道(じごくどう)餓鬼道(がきどう)畜生道(ちくしょうどう)修羅道(しゅらどう)人間道(にんげんどう)、そして天道(てんどう)。お主は人間道を生きておるから、魂の格で言えばこのあたりじゃ。」波旬は空中に書いた塔のずいぶん下を指した。


「え?その話だと人間道は上から二番目なんじゃないのか?」と僕は首を傾げた。


「確かに六道という概念の内ではそうじゃ。ちなみに人間道より上は全て天道、つまり神の領域ということになる。わしが生きている世界はこのあたりじゃ。」波旬は先ほど指した位置よりも少しだけ上を指して言った。


「ほんの少し上なだけじゃないか、偉そうに。ていうか六分割の配分おかしすぎるだろ。」と僕はつっけんどんに言い返した。


「やかましいぞ。お主のように不遜(ふそん)な輩を(くび)り殺すなど造作もないというのに、わしの広い心で(ゆる)してやっている現状が、位の高さを暗に示しとるというのがわからんか。」波旬はギラリと睨みつけた。


 人の姉の顔と声でなんて物騒なことを言ってくれるんだ。そんな言葉は姉の口から聞いたことがない。冷蔵庫に置いてあったスイーツを勝手に食べてしまった時に同じような顔はしていたかもしれないが。


「えーと、僕から言いたいことはみっつある。縊り殺すのは是非やめてほしいってことと、僕たちを助けてくれたのならそれには素直に感謝してる、ありがとう。それから一番気になるのはお前がここに居る目的かな。」僕は簡潔明瞭(かんけつめいりょう)に今の心の内を明かした。


「ほほ。なかなかどうして可愛いところもあるもんじゃな。遅まきながら本題に入ろうかの。わしが依然としてここに居る理由はお主らを刺し殺そうとした男にある。お主はただの通り魔にしか思っておらんかもしれんがあれは罪を償っておらぬ罪人じゃ。」と波旬は言った。


「そりゃあ罪人だろ、人のことを刃物で刺したんだからさ。」当然だろとでも言いたげに僕は言い返した。


「否じゃ。そうではない。あの男、いやあの男に憑いていたものと言ったほうがよいかのう。あやつが償うべき罪は今生(こんじょう)のものではなく、前回の生涯における罪じゃ。それを償わずに等活(とうかつ)地獄の鬼どもから逃げてきた脱獄者なのじゃ。」僕の反論を指摘しつつ彼女はそう話した。


 普通、『脱獄』という字を見れば一般的には『牢獄を脱する』という読み解き方をするだろう。しかし、波旬の言い分からすると『地獄を脱する』というような意味に聞こえる。


「お主らを襲った等活地獄の亡者は既に片付けたが、恐らく似たような者がまだまだ沸いて出てくるじゃろう。そういったこの世界に本来存在すべきでない魂を元の場所へ帰すことと、その原因を探ること。それがここに留まる目的じゃ。」と波旬は続けた。


「なるほど。神様らしい立派な仕事じゃないか。」僕は明後日の方角を向いて言った。


 でもそれでは半分だ。それはこいつが人間界に留まるというマクロ的な理由にはなるが、僕の部屋に居座ったというミクロ的な理由にはならないからだ。


「じゃあ訊くけど、なぜわざわざ僕たちの前に姿を晒すんだ?そういう神様の執務は普通人知れず行われるものじゃないのか?」と僕は質問した。


「理由は二つある。ひとつはお主の姉のことじゃ。こやつはわしの身体の一部を借りておるからこそ生きながらえておる。さっきも言ったが刃物の刺さりどころが悪くての。じゃからわしなしではこの娘は生きていけん。」波旬は淡々と話した。


 これには軽佻浮薄(けいちょうふはく)な僕も流石に態度を改めねばならなかった。


「………それで、僕はどうしたらいいんだ。もうひとつの理由っていうのはどうせ僕に何かしらの要求をするんだろう?」真剣な眼差しで僕は訊ねた。


 波旬は大きく目を見開いて、少しの間沈黙したのちに話し始めた。


「物分かりがよすぎるというのも難儀なものじゃな。そうじゃ。お主の言う通りふたつめの理由は、わしからの要求を含んだものになる。言ってもわからんかもしれぬが、わしは天魔(てんま)じゃ。人間でも動物でも神でも同じことじゃが、生き物としての営みがある。お主たちとて糧になるものを食わねばいずれ死ぬじゃろ?それと同じようにわしの糧は他人の享楽(きょうらく)なのじゃ。それを得続けなければいずれ力を失い、お主らで言うところの餓死に値する結末が待っている。」と波旬は言った。


 他人の享楽を得る、とは一体どういうことなのだろうか。他人が喜んでいるところを見ても僕は嬉しくもなんともないし、むしろ嫉妬したりすることすらある。


「するとお前は他人を楽しませることこそが糧だって言うのか?」怪訝(けげん)そうな顔で僕は言った。


「そのとおりじゃ。『我がことのように嬉しい』という言葉があるじゃろ?非常に親密な仲であることのたとえじゃが、わしの場合は『ように』などという助動詞は必要ない。そのまま『我がこと』なのじゃ。」と波旬は問いに答えた。


「信じがたい話だけれど、もしそうだとしたらお前はすごくいい奴なのかもしれないな。」と僕は擁護した。


「いい奴などという簡単な言葉で括るでない。自分自身の利益のために他人を利用していることには変わりないのじゃぞ?」波旬は自虐的にそう返してきた。


「ますますわからないな。そんな有難い神様が僕に一体何を要求するのかがさ。」眉間にしわを寄せて僕は言った。


「姉を人質にとってお主を動機付けるような話し方をしてしまって至極恐縮ではあるのじゃが、本当はふたつめの理由こそがこの話の本丸なのじゃ。わしがこの世界に留まるためには必要以上にわし自身の……そうじゃのう…お主にわかりやすく言うのならエネルギーとでも言おうかの。それを消費してしまうのじゃ。しかし、手当たり次第に周囲の人間に享楽を与え続けてはわしの居場所も知れてしまうし、何よりその行為自体が、六道の輪廻を揺るがしかねないのじゃ。」と彼女は説明した。


 正直何が言いたいのか全く分からなかった。こいつは恐らく僕なんかよりも余程聡明なはずだ。それなのにまだ僕が話の筋を手繰り寄せられないあたり、奥歯に何かが挟まったような言い方をしているからに違いないと思った。


「悪いんだけど、僕はあまり頭がよくない。だから要求があるなら端的に言ってもらえると助かる。」僕ははっきりと言ってみた。


「そうじゃな。単刀直入に言うと、お主だけを幸せにさせてもらえんかということじゃ。」


 人生とは本当にどう転ぶか分からないもので、この日僕は高校二年生にしてプロポーズを受けたらしかった。


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