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童話 

大好きな声。手。

作者: くろたえ


雪がささやきながら舞い降りる


かわいそう

かわいそう

雪の中、道を犬が歩いていた。


時折鼻を上げ、確かめる。


犬には方向が判っていた。


実際は長い距離を車で来たのだ。歩いて帰れない場所だ。


しかし、ただ歩いている。



犬は、山のキャンプに一緒に行った。

山は楽しい。

雪は楽しい。

熱いソーセージを一つもらう。

美味しいけれど、火傷をしないように食べるのが難しかった。

焚火の傍の主人に抱きしめられるのは幸せな時間だった。


そして、木にリードを結んで、主人が帰る支度を始めた。

それを黙って見守る。


あらかた片付いた。


主人が、ソーセージの残りを焼いている。


いいにおい。

尻尾が弾む。


そして、焚火を消し、犬の前にどさりと置いた。


「ゆっくり食べるんだぞ。火傷をするなよ」


何か言っていたが、自分への言葉なので、しっかりと頭を上げて聞いた。


「よし」


主人の食べて良い指示が出たので、ハフハフと食べだす。


ああ、美味しい。

美味しい。


バン!

その時、車のドアの閉まる音を聞いた。


え?


車は、犬をその場に置いたまま走り出した。


吠えるのを禁止されていて、少しの葛藤があったが、言わずにいられなかった。


「待って!待って!」


「俺はここにいる」


「行かないで」


「置いていかないで」


車のテールランプが遠くに消えた。


「俺はここにいる」

「待って」

「行かないで!」


そして、体中から不安が沸き上がり、声の限りに叫んだ。


「置いて行かないでーーー!」


車の中から、今まで聞いたことのなかった飼い犬の遠吠えが聞こえた。

車の中の男は、涙を堪えられなかった。

しかし、止まることも、戻ることもなく、前に進み続けた。

「ごめん。ごめんよ」

誰にも聞こえない謝罪が車の中にむなしく響いた。


犬には意味が判らなかった。

主人が置いていった食べ物はあるから、主従関係は正しかったはず。


何が起こっている?

犬は冷たくなったソーセージを食べた。

凍りかけているから、早く食べた方が良いな。


周りは真っ暗な山の中。


どうすれば良い。


リードで固定されている。

これがあるから動けない。

これがあるから追いかけれない。

力を込めて引っ張る。ゆるめて引っ張る。

もう一度。

もう一度。

何度も何度も、木のしなりで首が閉まりそうになっても。


首の毛が擦れて抜ける。

そして、首から血が滲みだす。


それでもあきらめない。

犬は主人の元に戻るのが当たり前だったから。


足を踏ん張り、リードを引く。


突然、犬が弾かれた。

首輪ごと外れたのだ。


木が恨めしそうに揺らいでいる。


犬は走り出した。



そして、ずっと走っていた。


お腹のソーセージが燃えて走らせてくれていたが、さすがに疲れて歩きに代わった。


方向はわかる。


不思議と分かっている。初めてきた場所なのだが。


雪が冷たいな。


犬が身を震わし、身体に積もった雪を振り離した。



その時、白い闇の中から、いきなり車が後ろから出てきて、犬にゴツッとぶつかった。


車は何も気付かずに通り過ぎた。


雪の塊でも踏んだと思ったのだろう。


ああ。


犬は思った。

それが絶望だとは知らなかった。


前足で身体を引きずった。


引きずった血の跡は雪が隠した。



空から雪が降りてくる。


下の犬を見つける。


「かわいそう」

「かわいそう」

「かわいそう」


雪のつぶやきは誰にも聞こえない。


ただ、雪たちの間でつぶやきが広がる。


犬の身体は凍えて、何も感じなくなっていた。


それでも、頭を上げて少しでも前に進む。


少しずつ。

少しずつ。


その後の血が雪を染めて、雪に消される。


待っている。


そう。信じていた。


良く戻ったと、撫でて褒めてくれる。


それが分かっている犬は、ただ進んだ。




雪の小山が道路わきにあった。

その下に犬がいた。


お尻から後ろ足が別の方向を向いている

雪道に削られて、前足も、擦れた下半身の血も雪が奇麗に取り去った。


夢うつつに犬が前足をかいている。


動けなくなった体で進んでいるつもりなのだろう。


雪がゆっくりと犬の意識を奪っていく。

そして、優しい夢をささやく。


犬は家に帰った。

「お帰り」

大好きな主人に出迎えられた。

頭を撫でて、体中を撫でられる。


ああ、帰れた。

帰れた。


やっと、探していたこの手を見つけた。


ああ。

ああ。


大好き。ご主人。


温かな雪の中で犬の息がそっと止まった。


雪は犬から暖かさを奪い、その代わりに優しい夢を見せた。


それが雪にできる、ただ一つの事だったから。


かわいそう

かわいそう


誰にも聞こえない雪のささやきは、遠い家の主人まで確かに届いた。


雪はその地でも降っていた。



雪が降るたびに思い出すだろう。


雪は告げる。


自分を信じた命をお前は殺したのだと。




犬は雪の下、主人の元で笑い、遊び、

そして、子犬に戻って、

優しい思い出の中で走り回った。


優しかった主人の事は忘れて、

ただ、走るのが楽しい生まれたばかりの子犬のように、白い世界に走り出した。


雪はそれを送り出す。


犬は子犬から、さらに小さな光になって消えた。


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― 新着の感想 ―
[一言] 切ないお話ですね。 こういう悲劇が起きないよう祈りたいです。
2023/04/25 21:11 退会済み
管理
[一言] ただ捨てるならともかく、動けないように木にリードで固定して放置するというのは残酷ですね。 寒くても動けず、空腹になっても餌をとりにはいけず、ただただゆっくりと死を待つのみですもの。 どうや…
[一言] とても切ないお話ですね。 主人にも事情があったのでしょうけど、雪の中放って置かれた犬の心情を思うととても悲しくなります。 犬だけではなく、飼い主を裏切ることを知らない動物たちを私たち人間が裏…
感想一覧
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