遭遇
小豆視点
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俺はバサバサと課題を揺らしながら寮への道を歩いていた。
先程の佐藤都留との会話で些かテンションが下がった事は否めない。
(まぁ戻ってー飯食ってー…。)
課題はしなきゃいけない。
あーあやだなぁ。
そんな事を考えながら歩いているとふとポケットから微かな振動かが肌に伝わった。
「誰だろ」
ポケットに入った携帯を取り出す。電話だ。
「げ……まぁじか」
画面に表示された名前は「森崎フィニアン」だ。それだけで何故かげっそりするのはなぜだろう。
しかし電話を無視するのも後が恐ろしいので俺は仕方なく渋々と通話ボタンを押した。
「もしもし?」
『あぁ猫田君?突然なんだけどあのさぁ、志摩君が僕の部屋で生活しているのは知ってるよね?』
「え、ああはい」
それは赤井君から聞いて知っている。だがそれが一体どうしたというのだろうか。
だが俺は次の言葉で足を止めた。
『帰ってこないんだ、知らない?』
「は?」
『だから帰ってきてないんだよ、彼』
帰ってきていない?
「や、ちょ…それはし」
「ごめんな三山、本当」
知らない。そう答えようとした時、まさにその話中の人物の声が聞こえた。
ぎぎぎ、とゆっくり前を見つめながら眼を細める。
するとそこには志摩を担ぐ久木らしき男と哲平が居た。
『もしもし?』
「あー居ました居ました志摩。ちょっとすいません」
『えちょっ』
何かいいかけた森崎を無視し、通話終了を押す。
プツリと切れた電話に俺は携帯をポケットに戻した。
「志摩君!」
一体何故ここに、と思う。
俺達の部屋の前で、久木に担がれ哲平は久木に見下ろされている。
一番最悪なパターンを考えながら俺は小走りに哲平の元へ向かった。
「小豆」
「、は、えーっと、どうしたの?」
俺の登場に驚いているのか哲平はぽけーっとしている。
俺は志摩を担ぐ久木を見上げた。
「こんばんは、どうかしたんですか?志摩君も」
初めて至近距離に見る久木にどくどくと心臓が跳ねる。
明らかにそこいらの不良とは違う雰囲気に俺は気圧された。
(まさか報復か。)と気構える。
「えっと…ちょっと三山と一緒にファンクラブの奴等に呼び出されちゃって…」
「…えっ」
思わず俺は哲平に振り返る。若干焦った俺に哲平は両手をひらりと揺らしながら「平気」とだけ言った。
「危なかった所を先輩と見上が助けてくれたんだ」
そう言って申し訳なさそうに志摩が笑った。
(見上君が…?)
久木はわかる。だが見上君はイマイチぴんと来なかった。
何故なら見上君はそれほど優しくないからだ。
とりあえず、俺は久木を見上げ微笑んだ。そして手を伸ばす。
「あの、はじめまして猫田小豆です。今回は哲平を助けてくれてありがとうございました」
あくまで普通に。
このまま志摩の事に触れずに…と思った矢先だ。
「きなくせぇ」
パシンッと差し出した手は思いきり叩き落とされた。
でーすよね!
初めて至近距離で見た久木はそりゃもうイケメンだった。
絶賛睨み付けられてます。
「せせせ先輩!?」
「はは…いや、大丈夫だよ志摩君」
じんじんと痛む手を後ろに回し思いきり手の甲を擦る。
いやもうめっちゃ痛い!!!痛い!!!
ひえええまじで痛い!!!
本来ならば息を吹き掛けながら擦りたい所だが久木の前でそんな事は出来ない。
ああやば痛いと思っていたら突然自分の手でない手が触れる。
勿論それは後ろにいる哲平の手だ。
労るように撫でられた甲に俺は一気にテンションが復活した。哲平惚れる。
久木は物凄い眼で俺を見つめてきた。やはり野生赤井君のボスは更に野生か。
「幸助を連れ出したのはテメェか」
「先輩!」
久木は志摩の声も素知らぬ顔だ。俺は久木の言葉にうすら寒いものを覚える。
俺は久木と初対面だ。
なのにお前か、と聞く久木の声には疑問ではなく断定の声しかない。
赤井君や志摩が言うとも考えられない、そして佐藤都留というのも微妙だ。
という事は自分で調べあげたか、本能で俺だと確信しているわけだ。
(いやはや…恐ろしいもんだなおい。)
尊敬すらする。
久木の問いに俺はきょとんとした顔をした。
「連れ出す…?」
「もう一度だけ聞いてやる、幸助を連れ出したのはテメェか」
ごくりと生唾を飲み込みそうになったが寸での所で我慢する。
久木の微動だにしない視線が俺を視ている。観察している。
この俺の動向一つを視て判断しているのだ。
「えっと…すいません、なんの話か…」
わからないんですけど、と肩をすくめながら俺は怯えたように久木を見上げた。
「きなくせぇ、信用ならねぇなぁ」
もしかして佐藤都留の気をつけろってこの事か。
萌ちゃん以上の殺人ビームに気をつけろってか。今びしばし受けてるけどなんだい!
「先輩本当!本当ですよ!猫田はなんにも…っ」
「幸助、黙ってろ」
「ぐっ」
「しっ!?」
ぎょっとした。
担がれていた志摩の鳩尾に久木の拳が綺麗に入ったのだ。
一瞬苦しげに顔を歪めた志摩はふ、と気を失った。
久木はため息をつくと志摩を抱え直す。所詮お姫様だっこに切り替えるとくるりと踵を返した。
「猫田小豆だったなァ」
「は、はい」
ちらりと久木の黒曜石のような眼が俺を捉える。
「…今は見逃してやるよ」
そう言って去ってい
く後ろ姿に俺は漸く、詰めていた息を吐き出した。