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ゲラゲラと笑う佐藤都留。
「あー…ぶははっ!猫田小豆面白いなぁっやっぱり勿体なーい」
「褒められてんの?あざまぁす」
くすくす、くすくすと笑うに連れて揺れていた両肩がぴたり、と動きを止める。
「神田秋のさー言う事は綺麗すぎて汚いじゃない、舎弟君のは合ってるんだろうけどやっぱり綺麗事。竜也とかはさーあ?普通の奴なら舎弟君の言葉に心揺さぶられるんだろうけど~」
「佐藤様は無理なんですよねぇー、だって」
「そんな言葉欲しがってるわけじゃないから」
ニコッ、と破顔させる佐藤都留は綺麗だった。
排他的でもない、かといって誰でも中に入れるわけでもない。
(自分と他とのボーダーライン。)
きっちり、ぴったり、がっちり、ばしっと。
自分の領分をボーダーラインで区切って、その中には誰も入れないし入れないし入って欲しいとも思っていない。
(びっちりガード鉄壁完璧だよねー。)
俺はそんな鉄のガードしてないからぽんぽん入ってくるし入れもするけど。
「だから佐藤様は俺が志摩を連れ出したときだって久木様に何も言わなかった」
「竜也のでれた顔見るのも中々面白かったんだけどぉ、喧嘩しなくなるとは思わないじゃん?ハハッ…ちょっと期待はずれ」
「ちょっとした刺激に志摩はパンチが効きすぎた?」
「ハハハッそうかも!!」
にやにやと意地の悪い笑みを浮かべて聞いてやると佐藤都留は年相応に笑った。
壁から背を離すと佐藤都留はふらふら、と体を揺らすわけでもなく、かといって気のぬけた笑みを浮かべるわけでもない。
「フィニが俺と猫田小豆は似てるって言ってたんだけどねー」
「ああーそれ俺も言われましたよ」
「フィニと猫田小豆も似てると思うんだよねぇ」
(……犯罪者予備軍と似ててフィニ先輩にまで似てるって俺どんなけ黒いの。)
――二ィ…。
「どこが似てるんですかねー」
「どんなけ繕っても、結局根っこじゃいっつもこんな事思ってる」
形のいい唇が動く。
俺はそれを予想して声を出した。
「「あーあーくっだんねぇ」」
へら、と笑って見せると佐藤都留は同じように笑っていた。
それに面食らったのは結果俺で。
パサ、と手に圧力をかけてくるプリントの束を顔の前にちらつかせる。
「じゃ、俺そろそろ戻りますわー」
「えーもっとおしゃべりしーましょーよー」
「嫌ですよぅーくだらないでしょ」
皮肉ってみても屁とも思っていないのか、いや思うはずはないのだろうけど。
早々と背を向けた俺に尚も佐藤都留は声をかけてきた。
「じゃあ最後ー、神様って信じてる?」
「なんですかー急に。それこそ、」
くっだんねぇ。
「だよねー無神論者だよねぇ俺もフィニも猫田小豆も」
(祈ったって叶うわけじゃないし。祈ってたって消えるもんは消えるし。神サマなんて無意味だ。)
「じゃあねぇー猫田小豆ィ。お友達は大切にねぇ、あと背後に気をつけてねぇ」
なんとも後味の悪い台詞を残して佐藤都留はどこかへ行った。
「…いや、後味めっさ悪いしょ」
――所変わって教室では―
「志摩くーん、ちょっと来てくれるかなぁ?」
「三山君、少しいいかな…?」
教室の前と後ろのドアが同時に引かれた。
系統は違うが間違いなく女と見間違うような容姿の小柄な生徒。
「………み、、三山…」
ぎぎぎ、とぎこちなく後ろを見た志摩は、視線をずらして目を合わせようとしない哲平にガクリと肩を落とした。
「ちょっと!!志摩って呼んでるでしょ!?」
「三山君、」
呼ばれても、呼ばれ方がえらい違いだ。
志摩を呼んでいるのはまさにキャンキャンと煩い生徒たちに対して、哲平を呼ぶファンクラブの生徒たちは酷く落ち着いている。
(しつけぇな…。)
はぁ、と俺はため息をついておろつく志摩に声をかけた。
最後に神田と会ってから一週間、ちくちくとしたちょっかいは続いていた。
だが小豆が俺にピタリと張り付いて離れなかったので大事にはならなかった。
まあどちらにせよいずれ迎えた事だろう。来ることはわかっていた。
「志摩、一緒に行こーぜ。どうせ内容は一緒だろ」
「え、あ、……行く!!」
「ん」
ガタリと椅子を引いて席を立つ。俺達は呼ばれるまま教室を出た。
異様なまでの静かさ。
幾つかの視線を感じてチラリと最後に教室を見回した。
「…………三山?」
「…いや、なんでもない」
幾つかの視線は全て戸惑いの色を浮かべていた。
全てが、小豆の息がかかっている奴らだ。
穏やかで、優しくて、相談に乗ってくれる猫田小豆の親しい友人をこのまま見放していいのだろうか。
彼等にはそんな思いが渦巻いていた。
哲平は顔を俯け気味の生徒たちから視線を外すと素直にファンクラブの生徒たちについていく。
神妙な面持ちで、生徒たちは哲平を見送った。
「いいのか…?」
「なにが?」
小柄な生徒たちの後ろを歩きながら志摩が俺の顔色を伺ってくる。
「……い、いや…素直について行かなくてもよかったんじゃないかなぁって……今更ながら」
――とぼ、とぼ、
そんな雰囲気で肩を落として歩く志摩。
俺はなんとも言えずにただついていくだけだった。
ついていってもいかないでも、結局は変わらないんだから一緒だろう。
下手に相手の怒りを煽った所で不利になるのは自分だ。
哲平はそう頭の隅で考えながらうなだれる志摩にため息一つ、落とした。