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【走馬灯】

 私とアリスは……友人ではなかったと思います。



 私は物心ついたころから日本で育ち、日本語によるコミュニケーションも、人並み程度には出来ていたと自負しています。それでも、幼いころからこの見た目のせいで、ポジティブとネガティブ……両方の意味で特別扱いされることが多かったように思います。

 いつしか私は、そんな特別扱いに慣れてしまっていました。他人と違うということを受け入れて、むしろ、自分でもそうあるようにふるまうようにさえなってしまっていた。孤独であることを、普通であると思うようになっていた。

 私にとって孤独は寂しさや虚しさではなく、心安らげる日常になっていたのです。

 だから、彼女と友人になることを恐れて、一歩を踏み出すことが出来なかったのです。


 彼女は、孤独な私に歩み寄ってくれたのに……。私がそれを拒否して、彼女の伸ばした手を振りほどいてしまったのです。



 私は『あの日』の放課後、図書室でアリスと話をしました。いつもはただ机で寝たふりをしていただけの彼女が、『あの日』初めて私に話しかけてくれたのです。

 天気の話。今日の昼食の話。好きな本の話……それは本当に、他愛のない世間話(せけんばなし)でした。その当時、私がよく読んでいた星新一の作品を彼女も好きだと聞いて、嬉しく思ったのを覚えています。

 しかし……そんな話をしているうちにやがて、彼女は泣き出してしまいました。そして泣きながら、その日の図書室に来るまでに何があったのかを私に話してくれたのです。

 きっと、私が彼女と無関係だったから。他人と孤立していた私だからこそ、彼女は話す気になったのでしょう。私に事情を話しても、自分にとっては何のプラスにもならない。けれど、きっとマイナスにもならない。そう思ったから、独り言の延長として、その話をしてくれたのだと思います。

 それでも……もしかしたら心のどこかでは、私という「孤立した存在」の中に自分と近いものを感じ取って、何かの奇跡を期待してくれていたのなら……。

 私は勝手に、そんな都合のいいことを思ってしまっていました。



「私……もう、我慢することに疲れちゃったんだ……。

 だから今日、初めて相手に立ち向かって……それで、一度は解決出来たと思ったのに……。弱い自分を克服して……昔私を励ましてくれた『彼女』に、恥ずかしくない自分になれたと思ったのに……。

 でもそんなの、間違いだった。

 それどころか、自分のせいで今度は『彼女』を……私の一番の友だちを、傷つけてしまうかもしれない……。『彼女』に迷惑をかけてしまうかもしれない……そんなの、耐えられない……。でも、どうすればいいのか、分からなくて……」

 そうやって語られた彼女の話は、とても胸を打つものでした。今まで彼女がそんな仕打ちにたった一人で苦しみ続けてきたのかと思うと、心が締め付けられるような思いでした。


 彼女はもう、十分すぎるほど十分に、その苦悩に耐えたと思います。これ以上、そんな卑劣なことをする相手に、一人で立ち向かう必要なんてありません。

 きっと今の彼女に必要なのは……味方です。

 彼女の苦しみを理解して、彼女が逃げる場所を作ってあげられる誰か……そんな誰かがそばにいてあげるだけで、それだけで彼女は救われる。話を聞いた私は、そう感じました。

 でも……。


 私は、自分がその味方になろうとはしなかった。

 一歩を踏み出すのが、怖かったのです。彼女の背負っていた苦しみを、自分も一緒に背負ってあげる勇気がなかったのです。責任を負いたくない一心で、彼女から逃げてしまったのです。

 そして私は……それを他人にゆだねてしまった。

 私に助けを求めていた彼女の手を、他人に押し付けてしまったのです。


「だったら、その『彼女』に聞いてみたらどうですか?」

 それは、ひどく無責任な言葉でした。

「貴女はもう、自分のするべきことが分かっているように思えます。だったら今のその気持ちを、その『友人』に伝えてみたらいい。きっと貴女がそれだけ大事に思っている人間なら、貴女がどんな決断をしても、それを応援してくれるはず。貴女の味方になってくれるはずですよ」

 孤独に生きてきた私が、一体彼女とその友人の、何を知っていたというのか……。ただ、自分で彼女の悩みを抱える勇気がなかっただけなのに。


 躊躇していた彼女は、私の根拠のない無責任な言葉に背中を押されて、その「友人」に電話を掛けました。

 少し離れていた私には、電話越しの彼女たちが何を話しているのかは分かりません。ただ、彼女は何回かうなづいて短い言葉を繰り返したあと……五分も経たないうちに、その電話を切りました。


「どうでしたか?」

 近づいてくる彼女に、私がそう声をかけると……彼女は無言でニコリと笑って、小さく口を動かしました。声には出さずに、私に何かを言ったのです。

 そして、そのまま図書室を出て行ってしまいました。


 そのときの彼女が、私に何を言ったのか……確かなことは分かりませんでした。

 ただ、あのときの口の動きと、同時に彼女が見せたどこか悲しそうな笑顔を振り返ると…………きっと彼女は私に、『嘘つき』と言ったのだと思います。


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