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【走馬灯】

 シズちゃんに出会うまでの私は、ただ周囲の大人に言われたことを忠実に守るだけの、つまらない人間だった。そうしていれば、誰にも迷惑をかけないから。誰も私を責めないから。そんな理由で、誰かが作った「いい子」というイメージの自分を演じてきた。

 そこには、私だけの個性や独自性なんてものはない。コンビニに並ぶ商品のように、大量生産されるありきたりなパッケージ。有象無象のステレオタイプ。周囲はもちろん、私自身でさえも興味がわかない。誰も、私のことなんて気にしない。いてもいなくても同じような、透明人間。

 それが、私だった。


 でも。

 この高校に入って初めてシズちゃんを見たとき、そんな自分とはあまりにも違う彼女の姿に、衝撃が走った。一見すると、かわいくてみんなの憧れのアイドル……でも、裏の顔は傍若無人で自分勝手で、ワガママ放題なヤバい奴。

 そんなふうに自由に生きる彼女は、いつも空気みたいな私とはまるで真逆の存在だった。住む世界が違う、神様のような存在だった。


 もしも彼女に、自分のことを気にかけてもらえたら……。傍若無人で自分勝手な彼女の感情が、空気のような私に向けられることがあったとしたら……。そんな夢を見るだけで、体が震えるほど興奮した。

 でも同時に……こんな、中身空っぽのつまらない自分なんかが、彼女に振り向いてもらえるわけがない。神様の彼女が、地中をうごめくだけのミミズのような私に気付くはずがない。それが分かっていたから、その夢がただの妄想に過ぎないことも、よく分かっていた。

 二年の春すぎごろ。中間試験期間中で部活が休みになって人気(ひとけ)がなくなっていた第一部室棟そばの狭い路地で、シズちゃんとその友だち数人が、アリスに頭から水をかけて遊んでいるところに出くわすときまでは。



 あ、イジメだ……。

 それはすぐに分かった。


 シズちゃんの本性はとっくに分かっていたから、彼女が誰かをイジメていること自体には、別になんとも思わなかった。その代わりに、私がそのとき考えていたのは……「もったいない」という言葉だった。


 そのイジメを中心になってやってるのがシズちゃんなのは、見ればすぐに分かった。その他の取り巻きたちはどうせ金魚のフンだから、シズちゃんに対して何か自分の意見を言えるはずもない。だから、このイジメを最初に始めようって言い出したのも、きっとシズちゃんだ。

 でも、そんなふうに率先してアリスをイジメているはずのシズちゃんが、どういうわけか全然楽しそうな顔をしていなかった。


 もしかして……イジメの仕方がよく分かってないの?

 その「おもちゃ」の遊び方を、シズちゃんは知らないの?

 ああ、なんてもったいない。

 自分なら、その「おもちゃ」を使ってもっと楽しい光景をシズちゃんに見せてあげることが出来るのに。何も持ってなくて空っぽの私だけど、誰かをイジメることなら、きっとうまく出来る。シズちゃんを、振り向かせることが出来るのに……。

 何故か私には、そんな確信があった。

 きっと、今までずっと他人の心を読んで、それを逆なでしないように生きてきたから……逆にどうすれば人の心が一番ざわめくのかも、分かっていたんだと思う。


 気づけば私は、そのイジメの輪の中に飛び込んでいた。

 最初シズちゃんたちは、そんな私がアリスのイジメを止めにきたのだと勘違いしたみたいだった。でも、私は彼女たちにすぐにこう言った。

「……こんなので満足してるの? 私なら、こうするけど?」

 そして、アリスの濡れた制服を引きちぎって、はだけさせて、その恰好をあいつのスマホで写真に撮って、クラスのLINEに流してやった。


「うっわぁー、陰湿ぅ……」

 と言って、私にドン引きするような表情を作ったシズちゃん。それは、私だけに向けられた彼女の軽蔑……彼女の心の中から生まれた、真実の感情だ。


 その瞬間、私は自分の中に新しい命が芽生えるのを感じた。

 無色透明な、つまらない「いい子」ちゃんじゃない。あの憧れのシズちゃんさえも軽蔑するような、真性のクズとしての命が……あのときこの世界に生まれたんだ。


 ああ、シズちゃん……。もっと私を見て……。もっと私を軽蔑して……。

 シズちゃんが私を見てくれるなら……。シズちゃんが私に自分の感情を向けてくれるなら……私は、なんだって出来る……。どんな陰湿なイジメだって、平気で出来るから……。



 それから、アリスをイジメるのはいつも私の役目になった。

 シズちゃんを飽きさせないために、私はアリスにいろんなことをしてきた。アリスをイジメている限り、彼女はずっと私のことを見続けて、軽蔑してくれた。それは、私にとって本当に本当に素晴らしい時間だった。


 だから。

 そんな大事な時間を勝手に終わらせてしまうなんて……たとえそれがシズちゃん自身によることだとしても、私には耐えられなかった。



 『あの日』、部活が始まってからしばらくしてから、アリスが私のところにやってきた。

 あいつは、先にシズちゃんのところに行って、そこで彼女に「もう自分をイジメるのをやめてほしい」って言ってきたらしい。私はそれを聞いて、「何バカなこと言ってんだこいつ」って思った。「そんなの相手にされるわけないじゃん」、って。

 なのに……何故かシズちゃんは、そんなアリスの願いを受け入れてしまったらしい。「もうイジメるのをやめてあげる」なんて言ったらしい。


 何それ……。

 なんでシズちゃんは、そんなことを言ったの……?

 アリスをイジメることだけが、私がシズちゃんに振り向いてもらえる唯一の方法だったのに……。そのときだけが、シズちゃんの感情を私に向けてもらえる唯一の瞬間だったのに……。

 アリスをイジメなくなったら、シズちゃんはまた私の手の届かない憧れの存在に戻ってしまう。私はまた誰にも興味をもたれない、つまらない透明人間に戻ってしまうのに……。



 だから。

 私はあいつに言ってやったんだ。それは、苦し紛れの私の抵抗だった。

「あんた、もしかしてそのシズちゃんの言葉、ホントに信じたの? そんなわけないじゃん。バカだねー? シズちゃんが言ったのはね……『直接あんたをイジメるのが飽きたから、別の方法であんたを苦しめることにした』って意味だよ。

 例えば……あんたの代わりに、あんたの大事な人をイジメるとか」

 そして私はダメ押しとして、あいつがいつもスマホをしまっているポケットに視線を向けたんだ。


 これまでに私たちは、何度かあいつのスマホを盗ったり隠したりしたことがあった。だから、とっくに知っていたんだよね。あいつのスマホの待ち受け画面が、中学のころに撮ったっぽいあいつと誰かのツーショットの写真だってこと。あいつには、心の支えになっているっぽい友だちがいるってことがさ。


 次の瞬間にはあいつ、顔真っ青にして「やめて!」とか叫んでたよ。「××ちゃんを傷つけるのは、やめて!」なんて。そのときのその「アリスの友だちの名前」が何だったかは、あんまり興味がなかったから、もう覚えてない。でも、すっかり私のハッタリを信じちゃったあいつは、焦りまくって自分からボロボロとその友だちの情報を話しちゃってたから、話合わせるのは難しくなかった。

 どうやらそいつは別の高校に通ってるっぽかったから……「シズちゃんに言われて、その××って人の高校はもう調査済みなんだよね」とか、「その高校にも結構シズちゃんのファンがいるっぽくて、××の悪い噂流すのも簡単なんだって」とかね。


 それで、すごい焦ってたあいつに、最後に言ってやったんだ。

「いつまでもあんたがやられっぱなしだから、シズちゃんが調子に乗っちゃうんだよ。もし、あんたが本当にその子を傷つけられたくないんだったら……シズちゃんに思い知らせてやるしかないよ。あんたが、いつまでもイジメられてるだけの弱いヤツじゃないってこと。怒らせたら怖いヤツなんだってことをさ。

 あれでシズちゃんって結構ビビりだから、目の前であんたが『今までやられたことの復讐で自殺してやる』とか言ったら、すぐに謝って、本当にイジメやめてくれると思うけど? 例えば……『屋上から飛び降り自殺する振りする』、とかさ」

 ってね。そしたらあいつ、思いつめた顔になって、ブツブツつぶやきながらどこかに行っちゃった。


 シズちゃんが何考えてイジメやめるなんて言ったのかは知らないけど……プライドが高い彼女のことだから、解放してやったはずのアリスが今度は逆に自分のことをそんなふうに脅してきたりしたら、すっごいブチギレると思う。イジメやめるどころか、「やっぱり、やめるのやめる」とか言って、アリスのことをこれまでよりキツくイジメようとするに決まってる。

 そうすれば、私はまたシズちゃんの役に立てる。

 シズちゃんにクズの私を見てもらって、また軽蔑してもらえる。



 え? アリスが本当に自殺しちゃってたらどうするのかって?

 そんなこと、あいつに出来るわけないじゃん。あいつなんて、ただの「おもちゃ」。私とシズちゃんが一緒に遊ぶための、イジメられるためだけに存在する道具なんだから。

 自分の歪んだ欲望のために無関係なアリスを傷つけるなんて、おかしいって? 自分自身に正面から向き合う事のできない、『卑怯者』のすることだって?

 なんとでも言えばいい。

 

 私はただ、自分の気持ちに正直なだけ。シズちゃんに振り向いてもらうために、手段を選ばないだけなんだから。


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