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サキュバスは愛を忘れない  作者: めのーん
6/12

半端と魔族と

 風車小屋へと近づくと、いよいよ持ってこの魔力が、普通ではあり得ない質のものだとはっきり分かった。天使でも魔族でも無い魔力、と先程は感じたが、そうではない。天使でもあり、魔族でもある。そんな訳の分からないタイプの魔力なのだ。


 魔族と天使の間に子供が生まれる事は無い。事の最中に必ずどちらかが死んでしまうからだ。

 魔族と天使が身体的に接触した際、自分の魔力を相手に流しこもうとする生理反応が起きる。これは本能に刻み込まれた防御機構で、己の意思で制御する事は叶わない。こうして敵の魔力に耐えられなくなった方が死ぬまで終わらない力比べが起きてしまうので、二つの種族は手を握る事すら出来ないのだ。


 なので、本来は天使と魔族の魔力が混じり合う事などない。それこそ、魔力を流しあっている最中の天使か魔族くらいしか、この感覚を知る者はいないのだ。


 そんな、本来起こりえない現象を前にして、エルの肩は僅かに震えていた。そして、意を決して風車小屋のドアへと手を伸ばした時、リリィが奇声を上げだ。


「キャン!」


「うわっ!。な、なんだどうした!」


 緊張していたところに背後からいきなり奇声が響いたので、思わず飛び上がってしまった。若干目に光る物を浮かべながらエルが振り返ると、リリィが下腹部を手で押さえてクネクネしていた。その姿を見た瞬間、エルは怒鳴り散らしたい衝動に駆られた。しかし、もう慣れた事で、深呼吸をして、既に察しが付いている回答を待った。


「その、ね。こんな状況で言うのも…あれだけど。」


 頰を赤らめて申し訳なさそうな上目遣いをするリリィに、エルは深呼吸をして勤めて冷静でいようとした。


「ああ。いい。言ってくれ。もう一思いに、しっかりと。」


 流石のリリィでも、この状況でこんな感覚を持つのは不適切だとは理解していた。しかし、感じてしまったものは仕方ない。


「Hな気分になっちゃた。」


「はああぁーーー!もう!なんでお前は大事な時に限ってそんな!」


「わ、私のせいじゃないわよ、多分。ほら、ここ見て。」


 リリィはお出かけ用に着ていた、やたらと裾の短いワンピースを捲り上げて、パンツと一緒に下腹部を見せた。そこにある聖紋が、微かに光っていた。


「はぁ、分かった分かった。その聖紋の所為なんだな。分かったから、はしたないまねはよせ。」


「はい。ごめんなさい。」


 珍しく神妙な面持ちで頭を下げるリリィに、仕方ない奴め、と言って、エルは再び扉と向き合った。リリィが時たま、んっ!、と喘いでいるが気にしない事にした。完全に弛緩しきってしまった精神を叱咤して、エルは扉を押し開いた。


 錆びて固まっていると思っていた扉は、想定よりもすんなりと空いた。入り口から床を見てみると、砂埃の上には最近ついたと思われる足跡があった。どうやら不審者の正体は人型のようだ。それによく見ると足跡はあまり大きくなく、自分達と同じくらいの、子供のものではないかと思えた。異形の怪物すら想像していたリリィは、肩透かしを食らった。


「ねえ、エル。あまり警戒しない方が良いかもしれないわね。怖がらせちゃ悪いし。」


 同年代の子供に会えるかもしれないと、リリィは新たな出会いに期待した。女の子だともっと嬉しい。一方でエルは、自分がしっかりとしなくてはと身を引き締めた。


「油断するな。弱いと言っても天使の魔力も感じるんだ。いざとなったら直ぐに逃げろ。お前を守りながら勝てる相手か、分からないからな。」


 戦いの心得がないリリィは、素直に分かったと返事をした。いざ戦闘になった時に、自分では足手まといになるのが目に見えているからだ。同時に、エルはやっぱり貴族なんだなぁ、と頼もしいやら寂しいやら、形容しがたい感想を抱いた。


 足を踏み入れると、ギイィと床が軋み声を上げた。思った以上に大きい音に驚いた二人だったが、開き直ってドカドカと中に踏みいった。

 中は足跡の他には特に目立った痕跡は見当たらない。これだけ音を鳴らしたのだから、もしも誰か居るなら勘づかれていてもおかしくないのだが、何も反応はなかった。


 リリィはエルに確認を取ってから、大きな声で呼びかけた。


「誰かいるかしらー?いたら返事をしてちょうだーい!」


 しかしそれにも返事は無かった。風車の中はそう広くない。目につく範囲に居ないのなら、後の可能性ははもう一つしかない。


「屋根裏部屋か。」


 エルが梯子に手をかけて登り始めた。エルはぴっちりしたズボンを履いているので、下から見上げてもパンツは見えない。なのでリリィは特に邪念を持たずに続いて登った。今変なイタズラしても、恥ずかしがる姿は拝めず、怒られるだけだろうし。


 梯子を登りきった先の上の階では、風車を手入れする為に開けられた小窓から差す光が、舞い上がる埃を照らして煌めいていた。その光の向こう側に、毛布を被った小さな塊がいた。一部が小さく上下する様子から、その中に何者かがいる事を示していた。


 リリィはその塊の発する魔力を目の前にして、心が強く惹かれた。只の好奇心ではない。何か運命的な予感が、体を動かしたのだ。そして、エルが制止する間もなく近づいて行って、そっと毛布を捲り上げた。

 中からは、普通の魔族には見られない髪色を持った、金髪の少女が眠っていた。どこか焦るような気持ちで、更に毛布を捲っていくと、その全容が明らかになった。


 後ろでエルの息を飲んだ。しかし、リリィはそれに気が付かなかった。そこにあった白に、少女の背中から伸びる翼の白さに釘付けになった。右片方は黒、左片方は白。記憶の中の白翼とは少し異なるが、そこにある白翼の讃える神々しさは、まさしく天使のそれであった。


 リリィは何故この翼を忘れる事が出来なかったのか、とうとう理解した。

 怒りでも恐怖でもなく、この白翼は、美しいと言う感嘆をリリィに与えたからであった。

次のお話が最も書きたかった場面その1

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