接触とお出かけ
翌朝、鏡を見たリリィは慌てた。
髪には寝癖が付いていたし、頰にはうっすら白線が残ってしまっていたのだ。
早く何時もの自分に戻らなくては、とパタパタと動き回る事で、リリィは心の中のモヤモヤを押し込める事に成功した。
昨日の夜に言われた事を、自分が真に受けたみたいにメイドに思われるのが嫌だったし、エルに何かあったのかと心配されるのはもっと嫌だった。
いつもより入念に手入れを終えたところで、再び鏡に向き合った。
「ニッ!うん、今日も可愛いわよ、私。」
自然な笑顔を作れた鏡の中の自分を褒めて、リリィはエルの朝の支度を手伝いに行った。
リリィが部屋に着くと、エルは既に起きていて、何やら寝不足顔でウズウズしているようだった。彼女のいつもと違う様子に、リリィは少し驚きながらも、少し安堵した。何時ものように目覚めのディープキッスをかまして良いものかと、ここに来るまでの間に悩んでいたのだ。
「おはよう…エル。昨日の夜に何かあったの?」
リリィは一瞬、「おはよう」の後に「ございます」と続けるべきか躊躇ったが、いつも通りの挨拶にした。今直ぐに態度を改めるなんて絶対に無理だし、そこまでは求められていないと考えたからだ。
幸いにもエルは、リリィの挨拶に一瞬の間があった事に気が付かなかったようで、どこか自慢げに質問に答えた。
「うむ。なんとな、おとうさ…領主様が私に貴族としての勅命をくださったのだ。公的な仕事はこれが初めてだからな、しっかりこなすぞ。」
「へえ、そうなの。良かったわね。いつも言ってたものね、貴族として立派になりたいって。おめでとう。何を頼まれたの?」
貴族として立派に。自分で言ってた言葉で、心が少しざわついた。それでも、エルの弾んだ笑顔を見ると、自然におめでとうと言えた。
「何でも、町外れに変な魔力を持った奴が住み着いてるそうだから、調べて来いとの事だ。」
「成る程、頑張ってね。」
エルが城を出て行ってしまうと、今日は一緒に居られる時間が少なくなってしまう。頭の片隅に残念な思いが湧いたが、それを断ち切るように、少し大きめの声で話した。しかしそれに対する返事は、想定外のものだった。
「ん?ああそうだ、お前も一緒について来い。」
リリィは動きを止めた。まさか自分まで外に出るとは思ってもみなかった。
「えっと、私が、エルの仕事について行くの?でもそれって、貴族としての公務なんじゃないの?」
「お前が一緒に来てくれた方が都合が良いそうだ。」
「…他に誰か行く人はいるの?」
「いや、お前と私だけだ。変な魔力とは言え、その力は弱々しいらしくてな。私どころかお前よりも少量の魔力量だそうだ。あまり怖がらせないように、私達が行った方が良いらしい。」
リリィは二人きりなんてデートみたい❤️、と言いたくなったが、その言葉を飲み込んだ。昨日の忠告が気になったのもそうだが、エルの言った怖がらせないように、と言う発言に違和感を感じたのだ。相手に恐怖を与えて威圧するのが普通の魔族で、それを与えないようにすると言うのは、らしく無い配慮である。
「そうなの?…じゃあ、お出かけの準備をしなきゃね。お弁当は必要かしら?」
「ああ、頼んだ。準備が整い次第出発するぞ。」
子供に任せるような仕事なのだから、そこまで重要では無いのだろう。エルにもそんな事は分かっていたが、やはり領主たる親に頼られる、と言うのは芽生えたての貴族としてのプライドを満たし、今にも鼻歌を歌いだしそうなほどに、気分を高揚させた。
リリィはそんな彼女の姿を見て、そして二人でお出かけ、と言う甘美な響きに、一先ずは心配を忘れる事にした。
街の外れ、この辺りの建物は殆どが廃墟だ。天使の襲撃に迎撃が間に合わず、攻撃に晒された土地である。かつての住人はそこに無く、新たに住み着いたのは社会的地位が低い者たちだった。つまり、地上の血が比較的濃い、ギリギリ魔界の魔力に耐えられる程度の、脆弱な魔族が多かった。
そんな訳で、貴族の血を引いたエルの魔力は刺激が強いのか、遠くからこちらを伺うばかりで、近寄ろうともしない。
「成る程ね。確かにここに兵士を引き連れた貴族様が現れたら、みんなパニックになっちゃうわ。」
「むむぅ。こんな地域が領内にあるとはな。私もまだまだ勉強不足だ。」
「真面目ねぇ。」
リリィは、こんな場所だとデートって気分にはならないわね、と思っていたが、気分は悪くなかった。横にエルがいる時点で、結構楽しいのだ。一方のエルも、城の中に居ては知ることの出来なかった光景に、目を細めながらしきりに周囲を観察していた。二人は軽い足取りのまま、遠巻きの視線を受けつつ、更に街の外縁に進んでいった。
案内人は居なかったが、問題はなかった。廃墟の数が少なくなってくる頃には、不自然な魔力をがじ始めていた。魔族とも天使とも分からない、奇妙な魔力を。
先程までのピクニック気分は何処へやら、自分達には害を及ぼせ無いと分かる程度の魔力でも、その経験したことのない感覚を前に、二人は身構えた。エルは羽を軽く広げ、リリィはその後ろに下がった。
警戒状態の二人が魔力を頼りにたどり着いたのは、かつては生活を支えていたであろう、大きな羽を持った風車だった。
次の話は丁寧に作りたいので、時間が空くかもしれません