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サキュバスは愛を忘れない  作者: めのーん
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報告と二人の将来

 湯浴みを終え、二人はエルの自室にいた。普段なら家庭教師役の魔族がやって来て、夜の勉強の時間となるのだが、今日は勝手が違った。メイドの一人が来て、領主と謁見せよ、とのお達しを受けたのだ。


 領主、つまりエルの父親であり、強大な力を持つ魔族の一人だ。娘とは言えだらしない格好では会えないので、急いで礼服に着替える事になった。立場上、リリィはエルの従者と言う事になっているので、服にシワが寄ってないか、タイが歪んでないかなどの確認をした。


 部屋に来たメイドはリリィの家政仕事の指導者で、リリィの仕事ぶりを監視しているので、いつものおふざけもできない。二人きりの時は多少羽目を外しても叱られないが、流石に他人の目があるところでやり過ぎるとゲンコツものだ。その辺を弁えているからこそ、楽しいセクハラライフを送れるのだ。


 一方でエルは、リリィが粛々と作業を進める姿に薄気味悪さすら感じていた。普段は隙あらばボディタッチをしていたのに、今では澄ました顔つきで、襟元は苦しくございませんか、などと言っているのだから違和感があって当然だろう。


「これで準備はよろしいですね。ではご主人様、領主様との謁見、頑張って下さいまし。」


「う、うむ。行ってくる。…いつものあれはないのか。」


 エルが一人で出かける時は、今生の別れかと錯覚する程の、濃密なボディタッチに襲われる。それがない事に、エルは安堵とも残念とも取れる声色で呟いた。そんな小声での独り言を、リリィは聴き漏らさなかった。自分からセクハラを望むなんて、ご主人様も成長なされましたわねぇ、などと考えて、最後の仕上げで裾を伸ばすついでに、エルの尻を揉んだ。


「ヒァン!こ、こらぁ!」


「それでは行ってらしゃいまし。」


 悪戯っぽい笑顔のリリィに、エルは諦めるようにため息をついた。


 エルが部屋から出て、その扉が閉まると、部屋に残っていたメイドが咳払いをした。


「ゴホン。リリィさん、貴方はいつもお嬢様にあんなことしてますね。」


 しまった!エルが可愛い事言うものだから思わず……と後悔しても後の祭り。リリィは自分の自制心の無さを反省しながら、被害を最小限に抑えるべく、言い訳を始めた。


「はい、申し訳ありません。普段は我慢しているのですが、こう、愛おしさが溢れてしまったと言いますか。」


 果たしてこれは言い訳なのか。ただの感想である。自分でもこれは不味いと気が付いて、再び口を開こうとしたところ、メイドがそれを遮るように話し始めた。

 リリィは、いつも自信に満ち溢れているように見えていたメイドが、今のこの瞬間は、どこか優柔不断そうな表情をしている事に気がついて、嫌な予感がした。


「貴方が人目に付かないところで、どんな振る舞いをしているかは知っています。そして私たち大人の前では猫を被っているのも知っています。ああ、そんなに怖がらなくても大丈夫です。そこは大して問題ではありません。

 短い幼少のみぎりに、同年の友人に恵まれる者は希少です。しがらみなく、自由に接するのは結構な事です。」


 魔族の子供は滅多にいない。

 魔族は長命で、長い時には千年にも達し、それでいて殆ど老いない。そのような種族であるが故に、子供が生まれる事は珍しい。しかし成人する速さは地上世界の住人と変わらず、20年前後で成熟する。

 魔界の魔族にも祖先に別の種族の血が流れている住人は多いが、それでも寿命や出生率に大きく影響を与える程に地上の血が濃い者は、そもそも魔界の魔力には耐えられない。その為、魔界では子供の姿を見れる事は少ない。

 そんな状況で、直ぐそばに同い年の子供がいるリリィとエルは、お互いに恵まれた環境にいるのだ。


「えっと、それじゃあ、私は今まで通りエル…お嬢様と接していても問題ないですか?」


 怒られると思っていたリリィは、表情を探りつつ聞いた。口を開けようとしては閉じるメイドに、回答を急かすように踵を上げて顔を近づけた。


「ええ、今の間は、それで構いません。貴方達が子供の間は。」


「それはどう言う意味ですか?」


 煮え切らない回答をする意味が、まだリリィには分からなかった。今問題がないのに、何でこの人は自分の希望を素直に認めてくれないのか、分からなかった。


 メイドは自分の遠回しの忠告が伝わらなかった事で、伝えにくい事実をはっきり言う事にした。意を決したように、膝をついてリリィと目線を合わせて、ゆっくりと話し始めた。


「今は良くても、将来貴方達が成人した時、今のような関係を続ける事は許されません。

 いずれお嬢様はどこかの家に嫁ぐ事になるでしょう。もし目立つような武功を挙げられたなら、地上世界の領地の一つを任されるかも知れませんが、どちらにせよ、貴族として公的な立場に就かれるのです。

 その時、私や貴方のような立場の人間が、貴族様と友人として接する事は出来ません。

 今は皆、貴方達がどんな関係を築いたとしても、文句は言いません。ですがそれは、あと10年もない、短い間だけです。


 いざとなった時に、いきなり態度を改めるのは、難しいでしょう。今直ぐにとは言いませんから、お嬢様と貴方の将来の立場を鑑みて、接し方を考えなさい。」


 今を楽しく過ごせるのなら、何の問題もない。快楽主義者のリリィにとって、年をとった時に友達との関係が変わってしまうなんて、考えた事もない話だった。


 目の前の相手と目を合わせられなくなって、リリィは下を俯いてしまった。これ以上話を聞いてしまうと、エルとこれからどんな風に話せば良いのか、分からなくなってしまいそうだった。


 メイドがリリィの頬をひと撫でして、貴方は先に自室に戻りなさい、と言った。

 まだ礼服の着替えや洗濯など、リリィのやるべき仕事はあったのだが、それを代わりにやってやろうと言ったのだ。これは彼女なりの気遣いだったのだが、リリィにとっては、エルと引き離す作戦のように思えてならなかった。


 それでも、その言葉に逆らう気力が湧かず、自分に与えられた部屋に、リリィは一人で歩いって行った。

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