聖紋と疼き
リリィは肩からお湯を流された事で、再び頭の中の考え事をしまい込んだ。どうやら洗いっこは終わりのようである。まだ前が洗えてないじゃない、と胸を揉む事を強要してやろうかとも思ったが、やり過ぎるとエルが泣いてしまうので自重する事にした。既に先ほど半泣きまでは追い詰めていたのだが……これで
(私ったら嫌がる事を強要しないなんて、慈悲深いわ。)
と、考えてるから救いようが無い。魔族は些か横暴で、自分より弱い存在には酷薄なだ。リリィは自分が弱い立場である事を自覚しているので、情が薄い事は無いが、年の近いエルにはいつも横暴に振舞っている。
しかし、ありがとう、と感謝の言葉はしっかりと残す。エルがリリィを憎めないのはこの辺りであった。苦手意識は微妙にあるのだが。
リリィが残りの前半分を自分で洗っていると、下腹部の異変に気が付いた。聖紋が薄っすら光っているのだ。
この聖紋と言うのは、天使や地上の人間の聖職者などが、魔族の力を封じる為に使うものである。両親が殺された天使の襲撃の最中に、天使は命の代わりにリリィにこの聖紋が刻んで行ったのだ。
サキュバスがこの聖紋を刻まれると、普通なら男性に発情する事が出来なくなり、水とパンだけで生きていく清貧な修道女のようになってしまう。しかしリリィは生来の資質なのか幼さ故の適応力か、女性に発情する世にも珍しいサキュバスに成長した。
リリィは、はて、これが光ってる事なんてあったかしら、と疑問に思った。彼女はあまり真面目な性格では無く、エルと一緒に受けている授業中もずっとイヤラシイ事を考えていたので、聖紋についても何か前に説明された気がする、程度にしか分からなかった。
そういう訳で、自分より真面目に授業を受けていたであろうエルに、この現象がなんなのか、セクハラついでに尋ねてみようと思った。
「ねえ、エル。なんか此処が光ってるんだけど、なんでかしら?」
湯船に浸かっていたエルは、唐突に下腹部を顔の高さに突き出されて、小さく悲鳴を上げた。
「ひぃ、よせっ、顔に近づけるなぁ!」
後ろに下がろうにも浴槽の中に逃げ場など無い。まぶたを閉じて必死の抵抗をする彼女の顔には、軽く絶望が現れていた。やっぱり一緒に風呂に入るんじゃなかった。
「違うわよ。ここ、この光ってるの、見て。」
あまり怯えられても質問出来そうに無いので、リリィは腰を少し引いて努めて真面目な声色で聞いた。それが伝わったのか、エルもどうやらセクハラが目的でない事が理解したようで、なんだ?とおずおずと目を開けてリリィの聖紋をみた。そこには消え掛けの蝋燭の火くらい弱々しい光に気があった。
「これは……なんで光っているんだ?」
彼女たちのどちらもこの現象に心当たりが無かった。聖紋は魔族には扱えぬものであるが故に、魔族はその性質などの詳しい情報を握っていなかったのだ。
「あなたに分からないなら私に分かる訳ないじゃない。こんなの初めてよ。」
「大丈夫か?痛んだりはしないのか?」
「あー、うん。痛んだりはしないわね。特に違和感もない…あら、なんだかお腹の奥が疼くような?」
「痛むのか?温めた方がいいか?」
エルは自分の事のように心配してリリィを見上げた。するとリリィが苦悶の表情を浮かべたので、思わず立ち上がって彼女を椅子に座らせた。
「あー、これは不味いわ、なんかHな気分になってきちゃった。」
「おい!ちょっと待て、ちょっと待て!また私に何かするつもりか!?嘘なのか?そっちに持ち込む為の演技なのか!?」
エルは飛び跳ねるようにリリィから距離をとった。二人が出会って間もない頃も、リリィは体調不良を装ってエルを心配させ、油断をついてセクハラをした前科があった。当時のリリィは今よりも加減を知らず、あんな事やこんな事をして、エルに恐怖と火照りを与えたのだ。
エルがかつての事を思い出して青くなっていると、リリィは反論した。
「違うわよ。なんか、これ、魔力に反応して光ってるみたいで。んっ、ナカに魔力が響くのよ。」
「ナカってなんだ…」
「あら、具体的に言って欲しいの?それはねぇ」
エルはリリィがエロ親父みたいな顔をしたのを見て、大体察した。性知識だけは豊富なリリィがこんな顔をする時は、箱入り娘で無知な彼女にその知識を語る時だ。胸を揉まれるだけでは済まないかもしれない。
「いや、良い。言わなくて良い。言うなって言ってるだろう!」
舌舐めずりしながら耳元に唇を寄せて来たリリィに強く言うと、以外な事に素直に引き下がった。
「えー。残念。せっかく教えて上げようと思ったのに。なら、せめて、私が満足するの、手伝って❤️」
「一人でやれ一人で。」
馬鹿な掛け合いをしていたら、聖紋の輝きはいつのまにか消えていった。
二人は何だろうね?と首を傾げたが、直ぐに忘れてしまった。
しかしこれは天使の、白翼の種族が残したもの。それに異変があったと言う事は、天使に関連する何かが起こった証なのだ。
お風呂シーン終わり




