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第4話 嘶き

 殺される。今、ここで。

 そう思うと、男の持つ得物から視線を外せなくなってしまった。

 切れ味は? 苦しむのか? 痛いに、決まっているだろうな…。


 脳裏にユミの泣き顔が浮かぶ。

 3年付き合い、2ヶ月前に別れた恋人。

 結婚の話も出ていたが、俺の浮気性は治らずに結局は振られたのだ。

 あぁ、ユミ、悪かった。お前は何も悪くはなかったんだよ。

 俺が、全て俺が悪かったんだ。葬式くらいは、来てくれるだろうか……。


 体力も限界に来ていた俺は、早々に抗う事を諦め、力なく茫然と両手を挙げていた。

 男達はまた何事かを俺に向かって喋っているが、それが何を意味するかは分からない。

 頭の中は真っ白になり、思考も途切れかけたその時。

 突如。


 馬の嘶き。続く怒号。

 それに応じる罵り声と、呻き声。

 馬の上には、鎧騎手。

 鞘から抜き放たれる長剣。騎手の掛け声。

 陽光にきらめく、馬の額から伸びる一本の角。

 振り向き駆け出す一人の男。

 勢い、突進に向かい得物を構える男。

 駆け抜けざま、ひらめく長剣の輝きを追う様に、男の首は飛んだ。


 俺は、眼前で繰り広げられた事態が理解できず、両手を挙げたまま立ち尽くしていた。

 はたと我に帰り、首を無くし倒れた男に視線を向ける。

 助かった? いや、それより。

 人が死んだ。目の前で。

 今のはなんだ? 跳ねられた? 剣で? 首を?

 余りにも現実離れした光景に、理解が追い付かない。


 恐らく俺を救ってくれたのであろう、角飾りをした馬に乗った騎手はどこに行ったのだろう。

 逃げたもう一人の男を追って森に入ったのを見た気がする。

 俺はどうすべきか。騎手が戻るのを、待つべきか?

 しかし助かったとはいえ、助けられたのかどうかは分からない。

 第一、どうあっても殺人者には違いない。

 関われば俺の首と胴もが生き別れか?


 少し様子を伺って、騎手が戻った時に改めて判断しよう。

 そう思った俺は、男の亡骸がギリギリ視認できる位置に隠れ潜んだ。


 騎手が戻る様子は無い。

 新たに通りがかる人影も無く、小さく森が騒めいているのみだ。

 もう、騎手は行ってしまったのだろうか?

 森に逃げた男を追ったのだと思うが、先に斃した男には、興味が無いのだろうか。


 そもそも彼らは何だったのだろう。

 見たまま言えば、野盗二人とそれを退治した騎士だ。

 今時、鎧を着込んだ騎士なんて、とも思うが地域によっては馬自体は使うだろう。

 先の男二人がならず者の類であることは間違いない気がするが、騎手の方も結局は同類で通りすがりの殺人鬼なのだろうか? それとも治安維持に関わる者か?

 いずれにせよ、俺は窮地から救われたのだとは、まだ言い難い。


 逸る動悸に震える体を抑え、未だ状況を整理できない頭を抱え、待つこと10分程。

 そして、さらにもう10分は経過しただろうか。

 相変わらず周囲は静かなままだ。

 離れた場所から死体二つ――騎手に斃された男と、男二人に殺されたと思われる人物――を視野に入れているが、今となっては彼らの正体よりも、気になるものがある。

 斃された男が腰から下げている、革袋だ。

 あれは、あれには、飲み物が入っているんじゃあ、ないだろうか。


 辺りを伺いながら、茂みの下から這い出る。

 斃された男の亡骸に近づく。飢えも渇きも、既に俺は限界なんだ。

 申し訳ない。すみません。許して下さい。

 そう心の中で呟きながら、革袋に手を伸ばす。

 軽く振ってみると……中身に何か液体が入っている!


 ギクシャクとした動きで、亡骸から革袋を取り上げる。

 傍らに落ちていた雑嚢も拾い上げる。

 食い物、食い物が入っていますように!

 思いついた様に、視線を上げる。

 先に死んでいた男の死体に駆け寄り、そちらからも革袋と雑嚢を奪い取る。


『ごめんなさい。これは緊急避難なんです』


 誰に向けてか分からぬ言い訳を独り言ち、逸る気持ちを抑え立ち上がる。

 ここでは、駄目だ。人に見られては言い訳が利かない。

 俺は、革袋二つと雑嚢二つを抱え、転げるようにして森に分け入った。

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