第35話 神のご加護
――レカワ・スラドナ。
年齢は、推定で17歳から19歳程。
トルダナの街の有力者の娘で有名人。
結婚はおろか、男の噂も聞いた事がない。
住居は富裕層が住むエリアの一角を占める。
街で見かける際にはいつも数人の従者を従えている。
慈善活動なのか、下層階級の子供に銅貨を与えているように見える。
神のご加護があり、それ故に戦いへ赴く事があるらしい。
『ちょっと待った』
『なあに?』
『戦い?あの子が?』
『そう、聞いた事が』
『……神のご加護があるから?』
『うん。神のご加護があるから』
俺は二の句を次げず、ゆかりの顔を見た。
『そんな顔をされても!私だって、聞いただけだよ?』
『……戦うって……なんのこっちゃ』
あの華奢な体つきで戦闘行為に参加するとは思えない。
従軍の医療者なのだろうか?
であれはあの白いローブはイメージに合うが。
医療者が特権階級である事は大いにありうる。
または、戦うとは宗教闘争か何かの暗喩だろうか。
『……そんなに、あの人が気になるの?』
『とは?』
『可愛いもんね。すごく』
ゆかりは精一杯で俺を睨んでいる。
『いや!そうじゃないだろ!わかるでしょう?』
『……どうだか』
どうやら、ゆかりの可愛らしい嫉妬心を起こしてしまったらしい。
全く、そんなつもりではないのだけれど。
『結局、神のご加護って何なんだい』
『う~ん、何て……言えば』
『出来る限りで、いいよ』
『……先ずね、神様が、居るの』
『宗教の、教義上で?』
ゆかりは真っ直ぐ俺を見据えている。
『本当の、神様が居るの』
俺もゆかりを見詰め返した。
今度は、笑わずに。
『住職、神主、牧師や宣教師の上に立つ、偉い人?』
『違う』
『神様の生まれ変わり?』
『違う』
『……聖典を指導者とする宗教も、確かあったな』
『……違う』
『髭もじゃで、白い服を着ていて杖を持ってる?』
『ううん。とにかく、人間じゃない、神様』
ゆかりの目を見るに、これは完全に本気だ。
『一応聞くけど、ゆかりはその神様を見た事が?』
『ある。一度だけ』
『……どこで、どういう風に見たのか聞いても?』
――偶像、宗教画、彫像、シンボル。
『二年に?一回?なんだか、お披露目式?みたいなのがあって』
『ふむ?』
『広場で、一度だけ見た事が。あの人が、神様を呼ぶのを』
『儀式?』
『わからない。でも、その時確かに、神様が現れて。私、見たの』
――見た?目視可能な形で?
『どんな?』
『銀色っぽくて、透き通ってて、羽があって……空に浮いてるの』
いつの間にか、ゆかりは俯きながらぼそぼそと話していた。
自分の発言に自信は無い様だ。
『確かに、その目で見たの?』
『……うん』
――手品、催眠術、酩酊、思い込み、記憶の改竄。
『……本当に、そんなものが、あると?』
『一緒にいた他の人達もみんな見てるの!』
『ふうむ』
『それでね、私、本当にここは違う世界なんだなあって』
ゆかりは明らかに狼狽している。
否定が欲しいのか、肯定が欲しいのか。
『その神様は、火の神様なんだって。その神様が手を挙げると、人形が燃えるのも見たの』
『うん……』
『信じられない?』
当然、鵜呑みにはできない。
空に浮かぶ月が違うのも、一年の長さが違うのもわかった。
だが以前に色々と試したが、物理法則が異なる様には思えない。
――少なくとも、俺の目には。
しかし、別な星や別な時代である事と別な世界である事では、どれだけ違いがあるだろう。
そもそも、俺の身体すら以前とは異なるのだから。
『この目で見なければ、何とも言えないけれど……』
『……けれど?』
『そもそも、現実なのかな、これは』
暫しの沈黙を置き、ゆかりが呟く。
『これが……これが現実じゃないとして、どうやって確かめるの』
俺もゆかりも、未だ狂気と正気の狭間で喘ぐ迷い人だ。
涙を溢すゆかりの手を握ったが、俺は何も答えられなかった。




