第33話 階層構造
その日、俺とゆかりは浴場に向かい街を歩いていた。
「コノ道を真っ直ぐ行けバ、大きな広場がありマス。中央には噴水。ムカッテ右手側には公衆浴場で、反対側には教会デス」
「良く出来ました。随分上達しましたね」
日中は子供達に混ざり授業を受け、子供達が帰った後もゆかりの個人授業を受けている。
読み書きはまだまだだが、話す分にははっきりと分かる程度の上達を得たと、自分でも思っている。
『まだ所々イントネーションがおかしい気がするな』
『後は何度も話して、練習するだけだと思うよ』
ゆかりは、俺の腕に自らの腕を絡ませた。
夜毎肌を合わせている事もあり、お互いがようやくに見つけた同郷人という事もあり、俺とゆかりは半ば恋人同士の如くに接しあっていた。
「ワタシも、ソロソロ仕事を探さなけれバ」
「このまま、私が養ってあげるのに」
手持ちの銀貨は全てゆかりに渡したし、それが当面の生活費になるとはいえ、このままヒモの様になってしまうのは回避したい所だ。
『それか、教室を手伝うなんて、どう?』ゆかりはそれが良い思い付きであるかの様に、俺に笑顔を向けた。
教室の運営は、基本的に全てが生徒の保護者からの寄付で賄われているとの事だった。
運営はゆかりを含め三人の女性が行っている様だが、何とか生計を立てられる程度にはやっていけているらしい。
――見知らぬ世界で子供達相手に教師、か。
何だか、それも悪くない気がする。
少なくともゆかりはそうしているし、確かに贅沢を言わなければ何とか、という程度には自立した生活を送れる様だ。
歩く道さえ注意すれば街中ならば危険は少ないし、慣れてしまった今ではこの街を良い所とさえ感じている。
帰還は諦めてゆかりと二人、この街で慎ましく――。
僅かに夢想に耽っていると、急に立ち止まったゆかりに腕を引かれた。
「どうしたノ?」
「道を下がって。xxxxがxxx」
『――今、なんて?』
『えっと、あそこを、通る人が』
ゆかりの視線を追うと、数人のグループが群衆を割って歩いているのが見えた。
道行く人々は、グループに対して頭を下げている様だ。
『あれは……あの時の?』
先頭を行く胴鎧の男には見覚えがある。
それに続く白いローブの女にも。
俺がこの世界に来てすぐの頃に焚火で出逢った二人組だ。
『知ってるの?』
『前に話した二人組だ』
『あの人だったんだ……』
『有名人――なのかい?』
『ええ。この街では』
ゆかりは、近付きつつある白いローブの女に、何らかの認識を持っているようだ。
『何故みんな頭を下げてるんだ?』
『ええと……何と表現するのかしら……偉い人っていうか』
『地元の有力者、または権力者?』
『う~ん。そう、なのかな……』
『貴族様、的な?』
『……』ゆかりは言葉を探している様だ。
『あと、神のご加護があったはず。確か』
『神の……ご加護ね』
元より宗教を嫌っている俺は、その発言を半ば笑い流した。
宗教とは結局の所、経済システムの一側面に過ぎない。
宗教を基にした階層構造など体の良い集金システムでしかなく、あの女が聖職者階級か何かならば、着ている豪奢なローブが正にそれを証明するだろう。
――市井の人々は、こんなにも質素な暮らしをしているというのに。
俺は、人々が頭を垂れる様子を見て僅かに嫌悪感を覚えたが、すぐさま銀貨5枚の恩も思い出した。
それが搾取により得たカネなのであれば、勿論話は違うのだが。
――判断は、保留しよう。
女とその一行は、既にすぐ近くだ。
『話し掛けたら、従者に切られたり、するのかな』
『まさか。気さくな良い方だって聞いた事が』
『気さくな、ね。それなら、まあ。ゆかりは話した事は?』
『あるわけ、ないよ』
当然、と言わんばかりにゆかりは俺に顔を向けた。
『……ちょっと、話してくる』
『えっ!ウソでしょう?!』
俺はゆかりの静止を振り切り、前に出る。
ハイカーストは嫌いだが、繋がりは大切だ――街の有力者というなら、尚更。
この都市の階層構造にも、興味がある。
――まさか覚えていない事はあるまい。
「お久しぶりデス」
そして、女――いや、あの時の美少女が、俺を見た。




