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第23話 食事

 日本人……? 月島と名乗ったか……?


 月島ゆかり。

 日系人か、それとも帰化人だろうか。

 いや、名乗るだけなら誰にでもどうとでも。

 純粋な日本人にはとても見えない。

 ブラジルの日系三世などなら、名前だけは日本風だったりもするが――。


『あの、まずは、中に』

『あぁ、はい。そうですね』


 失敗した。

 思いがけない彼女の名乗りに、ついまじまじと顔を見てしまった。

 失礼と、捉えられただろうか。


 案内されたのは、木と石でできた集合住宅――古代ローマのインスラのような――だった。

 三階建ての内、二階部分を自室としているとの事だった。


『狭い所ですが、どうぞ』

『お邪魔します』


 板張りの薄暗い室内に足を踏み入れる。

 靴は――脱がないのか。

 手で促され、俺は荷を降ろし木製の椅子に腰掛けた。

 彼女の目を盗み、さっと室内を見渡す。

 部屋の中には、わずかに粗末な調度品があるばかり。

 テーブルにも椅子は二脚だけだ。

 質素だが確かに生活感はある――とはいえ。


 詐欺。強盗。美人局――美人局は、万国共通の文化だろうか?

 助け欲しさに黙って着いてきてしまったが、果たしてどこまで信用したものか。


『あの……月島さん』

『……お腹は、空いていませんか?』

『え、あ……はい』

『先にご飯にしませんか?』

『いえ!そんなに長くお邪魔するつもりは』


 日はすっかりと傾いている。

 純粋に助けてくれるのだとしても、余り遅くまで迷惑を掛けるよりは明日朝にでも出直した方が、俺としても気が楽なのだけれど。


『気にしなくても結構ですよ』彼女は笑いながら応えた。


 台所は共同らしく、食事の準備にと彼女は出て行ってしまった。

 ひとり残された俺は窓から街並みを眺めた――といっても、周囲の建物は多くが三階か四階建てのため、ほぼ何も分からない。

 見下ろすと井戸から水を汲む彼女の姿が見えた。

 中年の現地女性と何やら笑いあっている。

 ――悪い人間とは、思えないのだけれど。


 その後供された食事は、粗末ではあるが暖かい真っ当な食事だった。

 塩と香辛料で味付けされたスープ。まだ柔らかさの残っているパン。ふかした芋のようななにかと、僅かな肉。

 それらを二股に分かれたフォークと、スプーンで食べる。

 何だか久しぶりな気がする。

 思えば食器を使った食事自体、いつ以来だろう。


『お米があれば、良かったんですけれど』彼女は微笑む。


『もう、何年も食べていません』と彼女は続けた。


 どういう意味だろう。

 やはり日系人なのだろうか? それとも日本に長期滞在していたのか?


『いえ、美味しいです。ずっと食事にも困っていましたので』

『それなら、良かったです』


 テーブルの上の蝋燭が、揺らめいた。


 聞きたい事は山程ある。

 ここは何処の国の何という都市なのか。

 大使館に渡りをつけるまでの助力を願えるかどうか――それが難しいなら、他に誰か紹介してもらうのでも良い。

 彼女の素性も気にはなる。

 英語も通じず、ライターすらない非近代的なこの地で、何故日本語を流暢に操れるのか。


 しかし今は食事を優先する事がマナーに思えた。

 久しぶりの食卓を落ち着いて愉しみたかったのも事実だし、何より彼女の機嫌を損ねたくは無い。

 今は微笑みを見せてくれてはいるものの、俺にとっては彼女の助けだけが頼みの綱なのだから。


 食事が済み、茶を勧められた。

 紅茶やハーブティーが好きな女の子も多いので俺もいくらか覚えたが、提供されたものが一体何の茶なのか、見当もつかなかった。


『あの……月島さん。お伺いしたい事が』

『大丈夫です。わかって……います』


 彼女はゆっくりと顔を上げ、俺の目を見る。

 何かを決意したような表情で。


『おそらくですが、貴方は日本に、帰れません』

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