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第21話 バザール

「見えてきたぞ。街だ」


 用心棒が指差す先。確かに木々の隙間から街影が見えてきた。

 全体像が掴めず規模の程は分からないが、確かに大きな街のようだ。

 城壁らしきものはなく市街が広がっており、遠くに塔のような高い影がいくつも見える。


 ――後は行政機関なりを見つければ、それでどうにか日本に戻る筋道を付けられるはず。

 俺は荷車を降り、痛めた尻をさすりながらも揚々と歩き出す。


 車列に続いて街に足を踏み入れる。

 外周部はには小さな小屋が建ち並ぶ。

 ここも、民家は木と石と土に見える。

 人々の暮らしぶりも、出てきた漁村とそう変わらないように思えた。

 もしここも、未開のままで現代文明の手が届かない土地であったなら――いや、それよりも。


 未来へのタイムスリップ。胡蝶の夢。狂気。

 俺はまだ、昨夜の軽いパラノイアを引き摺っていた。


 この中で最も酷いのは、俺自身の狂気だ。

 しかし自らの正気など、どうしたって保証はできない。

 神にでも祈るしか、ないだろう――そんなもの、信じてはいないけれど。


 気付けば隊商は活気ある市場の端にいて、残っているのも荷馬車が一台と用心棒だけとなっていた。

 他の荷馬車や馬は、途中で抜けて行っていたらしい。


「俺たちはここまでだ」

「あ、アリガトウ」


 手を振り、行商人と用心棒に別れを告げる。

 警察の場所を聞くべきだと思い当たり振り向いたが、二人は既に雑踏の中へと消えた後だった。


 まあ、仕方がない。

 またこれで、1人きりだ。

 改めて周囲を見渡すと、そこは随分と規模の大きいバザールに見えた。

 一先ず俺は、当てもなく近辺を一回りする事にした。


 立ち並ぶ露店。

 積み上げられた食品や衣類や雑貨。

 そして喧騒。

 これがただの旅行であったなら、異国情緒にたっぷりと浸って街プラといった所なのに。

 幸いな事に、漁村と同じく俺が持っていた硬貨が通用した。

 腹を満たした分だけ、元気を取り戻すことができた。


 バザールの規模から、街の大きさを推測できるだろうか?

 人口数万か? もっとか?

 いや、無理だ。経験が足りない。

 街並みや売り物から地域の特定は?

 それも難しい。

 値札が付いている事もほぼ無いが、それでも時折見かける文字を見てもさっぱりだ。

 俺は、自らの知見の無さに心底がっかりした。

 世界各地の文化を記した本やDVDをいくら見た所で、いざ見知らぬ土地に投げ込まれてしまえばこの有り様だ。


 シヴァ像もガネーシャ像も売っていないので、ここはインドではない。

 どこを見ても特徴的なモスクが無いので、きっと中東ではないだろう。

 タイムズスクエアも無いので、当然NYではない。

 だからどうした。

 一体俺は、何を知った気になっていたのだろう。


 バザールの喧騒の中、独り茫然としていても仕方がない。

 俺は、ひとつ試してみる事にした。

 特に人通りの多い路地に立ち、大きく息を吸う。


『どなたか! 日本語は! わかりませんか?!』

 ……だめか?

『道に迷っています! 助けてください!』


『プリーズ! サムバディ、ヘルプ!』

 …………だめか?


 俺は声を張り上げたが、行き交う数人がちらりと目を遣るだけだった。


 こうなれば、拙い現地語を使い地道に警察か行政機関を探すよりないな。

 諦観に襲われ、俺は路地に立ち尽くしていた。


「ボケっとつっ立ってんじゃねえ!」

「あ、スミマセン……」


 俺は男から、半ば突き飛ばす様にどかされた。


 日は既に傾き掛けている。

 聞き込みは明日にし、今夜の寝床を探すべきだろうか。

 その前に、食料を仕入れた方が――と、腰の小銭入れに手を伸ばしたが。


 ない!

 腰紐に括り付けていた小さな革袋が、ない。

 しまった! さっき俺を突き飛ばした男だろうか?

 油断した。としか言い様がない。

 幸い、銀色の硬貨三枚は靴の中敷きの間に隠してある。

 旅行の時はいつでも、万一に備え高額紙幣を同じように用意したものだ。

 しかし小銭入れにも、茶色の硬貨がまだ20枚は入っていたはず。


『くっそ! ふざけやがって、あの野郎!』

 俺は日本語で悪態を吐いた。

 通りを見回すも、先程の男は、当然そこには居なかった。


 自分の馬鹿さ加減に呆れ、意気消沈としたその時。


『あの……日本からいらした方ですか?』


 俺はびくりと身動ぎし、顔を上げる。

 今のは、日本語か?

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