オーガの軍勢
ルーンの村に住み初めてもう、一週間の時が過ぎた。俺達が村人達から受け入れられ、村に馴染み始めた頃にそれは起きた―――
「大変だっ!!!オーガの大群が村に迫ってるぞっ!!!」
村人の一人が息を切らし、擦り傷や切り傷だらけでそう告げた。
幾百ものオーガの大群がルーンの村に迫っているという凶報が知らされた。その報せに、村人達は瞬く間にパニックを起こす。
大混乱に陥った人々を鎮めるのは容易い事では無いだろう。しかし―――
「落ち着けーーーーーーーーーっっ!!!」
雷霆の如き大一喝。それにより、ぴたりと混乱は鎮まった。其処には村長、イエーガーの姿が。
流石だ。これも、長い年月村を束ねて来た信頼と実績の賜物だろう。同じ事を俺がやれと言われてもこうはならない筈だ。実際、無理だ。
混乱が治まったのを見計らい、イエーガーは咳払いする。視線を集める為だ。
「若い男衆は各々武器を取り、集まれ!!女子供、それと年寄り連中は即座に避難に移れっ!!!」
イエーガーの言葉に、村人達は即座に行動に移す。ふむ・・・・・・。俺は少し、考える。
「イエーガー、少し良いか?」
「む、何だ?」
怪訝な顔でイエーガーは問い返す。そんなイエーガーに、俺はこっそり耳打ちする。
イエーガーは愕然と目を見開いた。さもありなん。それは、この状況でありえない提案だからだ。
・・・・・・・・・
俺の立てた作戦を聞いた皆が目を見開いて驚いた。当然だ。何故なら、その作戦とは―――
俺が最前線で戦い、他の皆は全力で村を守る事―――だったからだ。
たった独りで無茶にも程がある。そう言う者も大勢居た。実際その通りだろう。たつた独りで幾百のオーガを相手にするなど、正気を疑う。マヤなんか泣いて止めに来たさ。
しかし、俺には勝算がある。むしろ、俺が全力で戦うと周りを巻き込みかねないだろう。
そう言うと、村人全員が閉口した。呆れ返っているのだろう。
しかし、此処で引く訳にもいかない。見たところ、この村でオーガ程の大物とまともに戦った奴はほとんど居ないだろう。聞けばこの近辺にオーガが出る事もあまり無いのだとか。
その話も気になるが、今はオーガの方が先だ。余り戦い慣れていない奴等にオーガの相手はまず任せられないだろう。間違いなく命取りだ。
イエーガーなら問題無く戦えそうだが、此処は俺に任せて貰おう。俺が全力で戦うには一人の方が断然戦いやすいから。
と、言う訳で俺が往く。イエーガーから借りた剣を鞘から抜き放ち、正眼に構える。
うん、良い剣だ。これなら、俺の全力に耐えられるだろう。
村の入口から遠くの方に見える大森林。其処からかなりの気配を感じる。間違いない。オーガだ。
オーガの気配が大森林から殺気とともにぴりぴりと感じる。向こうもやる気らしい。
恐らく、今の俺は不敵な笑みを浮かべているだろう。上等だ、かかって来いよ!!!
俺はそういう意図を籠めて、殺気を送る。
「おらっ!!かかって来いよ、大鬼どもっ!!!」
大一喝。それを皮切りに、大森林からオーガの群れが跳び出して来た。地面が爆ぜる程の踏み込みで、俺も跳び出していく。一足飛びの要領で、俺は一息に距離を詰める。
先頭を走るオーガの一体に無造作に近付き、その脇から肩にかけて斜めに断つ。心、技、体の完全な合一による自己の完全制御。それはある種の自己暗示に等しい。
俺は今、自己暗示により内側から身体のリミッターを外しているのだ。
更に閃く剣閃。近くに居たオーガが二匹、瞬く間に真っ二つになる。此れで三匹目!!!
数匹程、オーガが俺を捕まえようと腕を伸ばす。しかし、捕まらない。オーガ達の隙間を縫う様にするすると駆け抜けながら、俺はオーガ達を斬ってゆく。
解る。オーガ達の心が、思考が、手に取る様に理解出来るのだ。オーガ達の次の行動が手に取る様に理解出来るのだ。そして、それは決して比喩では無い。
精神感応―――
モノを感じ取る能力を鍛え上げている俺にかかれば、心を読むなど容易い事だ。更に、俺の切り札は決してそれだけでは無い。俺の真価はそれだけでは無い。
未来視―――
今の俺には未来すら視える。それは、超高度に鍛え上げた未来予測能力だ。
周囲の情報を知覚し、それ等を高度な演算能力で確率を計算し、未来を予測する。恐らく、この能力を獲得するには限界を超えた演算能力が必要だろう。
心を読む能力と未来を視る能力。その二つの力があれば、不覚を取るなど有り得ない。
力はオーガの方が上だろう。しかし、技量も能力も圧倒的に俺の方が上。
数は圧倒的にオーガの方が有利だが、それでも俺の方が遥かに上だ。まだまだ物足りない。
数が質を圧するにはまだまだ足りない。足りなすぎる。俺を倒したければもっともっと、この倍以上の数と質は用意しろ!!!
「はっ!ははっ!!はははははははははははははははははははははははははははっっ!!!」
狂った様に俺は笑う。嗤う。ワラウ。久方ぶりの全力に、心の底から歓喜する。もっとだ。もっともっと俺を愉しませろ!!!
ゾクッ!!!
背筋を伝う悪寒に、俺は咄嗟にオーガの一匹を盾にする。すると、俺の背丈程の大岩が飛んできて盾にしたオーガに直撃した。
「ゴウッ!!?」
盾にされたオーガはそのまま、呆気なく轟沈した。俺はこっそり合掌する。南無。
大岩の飛んできた方を見ると、其処には他のオーガ達とは明らかに違う黒いオーガが居た。恐らくはオーガ達のボスだろう。そう思わせる威風が漂っていた。
「ドラクル、気を付けろ!!上位種のロードが紛れているぞ!!!」
後方からイエーガーの声が聞こえた。ロードと呼ばれた黒いオーガは巨大な出刃包丁を手に、にやりと不敵な笑みを浮かべた。高い知性の様な物を感じる。
アイから聞いた事がある。魔物にはそれぞれロードと呼ばれる上位種が居て、種の頂点とも呼べる圧倒的な力を持つと。恐らく、あの黒いオーガがそうだろう。なるほど、確かに強そうだ。
「ゴアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!」
「ぐっ、う・・・・・・」
天地に轟く絶叫が響く。ロードの絶叫はそれだけで、可視可能な波となって襲い掛かる。
余りの衝撃波に、俺は一瞬顔をしかめる。その隙にロードは踏み込みで大地を砕き、突貫する。
俺は即座に持ち直すと、適度な大きさの石を拾い、思いっ切り投擲した。
ロードはその石の弾丸を、手に持った出刃包丁で弾いた。その一瞬の隙を俺は狙っていた。
俺はロードに向かって一気に突貫する。
それだけ巨大な包丁だ。小回りなど利くまい。しかし、ロードは驚いた事に出刃包丁の軌道を無理矢理変更して切り掛かってきた。だが―――
今更止まる事など出来ないし、止まるつもりも毛頭無い。
巨大な包丁が俺の首に迫る。その時、俺の中で何かが覚醒した―――
ロードの出刃包丁が空間を薙ぐ。しかし、其処には俺は居ない。では、一体何処に居るのか?
「ゴッ・・・アァ・・・・・・」
ロードの背後で、俺はロードの背にその剣を突き立てていた。一体俺が何をしたのか、理解出来ない者も多い事だろう。まあ、当然だ。
俺は、空間転移でロードの背後に転移したのだから。
最初から使えた術では無い。あの土壇場で獲得したのだ。要は土壇場でまた、進化したのである。
ロードは僅かな苦悶の声と共に倒れ伏した。
「俺の勝ちだ、ロード・・・・・・」
静かな俺の勝利宣言―――
自らの王が討たれた事により、統率を失ったオーガの群れが我先に逃げていく。終わった。
そう思った瞬間、身体から力が抜けて膝から崩れ落ちた。暗転―――




