村長イエーガー
どうやら、ルーン村は比較的小さな規模の農村の様だ。話によると、村人の全員が全員の名前を把握している程だとか。ふむ、なるほどね。
マヤとその兄は村長の子供でクーリー伯爵領の一地域であるこの土地を任されているらしい。
「俺の名はジャック。とりあえず、妹を助けてくれた事には礼を言う」
「ふむ。俺の名はドラクルだ」
「私の名前はアイです」
青年、ジャックが名乗ったので、俺達もそれぞれ名乗り返した。・・・俺の右腕にはマヤがにこにこと笑みを浮かべ、腕を絡めて抱き付いている。
ふくよかな胸のふくらみが、俺の腕に押し付けられ、その感触を伝える。
・・・うん、気持ち良い。実に気持ちが良いんだが・・・。
俺はジャックの方をちらりと見る。ジャックは苦笑を俺に向けている。はぁっ。
俺は一人、静かに溜息を吐く。本当に、どうしてこうなった?まったく・・・。
村長の家にはすぐに着いた。二階建ての、比較的立派な木造の家だ。
ジャックはライオンの頭に鷲の翼を模したドアノッカーを鳴らした。暫くして、白髪の混じったブロンドの髪をした初老の男性が現れた。・・・ゾアッ!!
周囲の空気が瞬間的に張り詰め、緊張する。この男・・・。
その鋭い眼差し、軍属を思わせる真っ直ぐな姿勢と雰囲気。ふむ、只者では無いな。
しかし、それを感じたのは相手も同じ様で、俺を一目見て怪訝な顔をする。空気が張り詰める。
「・・・お前、何者だ?只者では無いな」
「・・・・・・・・・俺の名はドラクル。只の、しがない旅人だ」
じっと、真意を測る様に村長は俺の瞳を真っ直ぐに見る。負けじと俺も見返してやる。
ぴりぴりと緊張する空気。アイ達はそれを感じ取り、ごくりと息を呑む。
数秒、体感的にはもっと永く感じたが・・・それくらい過ぎた頃、村長がふぅっと息を吐いた。
「入れ。茶くらいは出す」
緊張が解け、皆は深く息を吐く。そして俺達は軽く会釈し家の中に入って行った。
・・・・・・・・・
家の中は実に質素な物だった。物欲が無いというか・・・必要以上の物は置いていない様だ。
禁欲的というか何というか・・・。生きる為、必要な欲以外を削ぎ落とすとこうなるだろうか?
悪く言えば、人間味を感じない。
「俺の名はイエーガー。ご存じの通り、ルーン村の村長をしている」
俺達に茶を出し、一息吐くと村長、イエーガーは名乗った。なので、俺達も改めて名乗る。
「俺の名はドラクルだ」
「私の名前はアイです」
俺達が名乗ると、イエーガーは一度頷き本題に入る。
「で、お前達は何の用でこの村に来たんだ?見れば、マヤが随分と懐いている様だが・・・」
「それは―――」
俺はこれまでの経緯をかいつまんで説明する。と、言っても俺が別の世界から転生した事とか、アイが女神だという事はあえてぼかしている。
俺達がしがない旅人で、マヤがオーガに襲われている所を偶然通りかかり助けた事と説明する。
実際、それでほぼ間違っていない。
イエーガーは実に胡散臭そうな目で見ている。まあ、それも当然の反応だろうが・・・直後、俺の隣で俺の腕に抱き付き、にこにこと嬉しそうなマヤの姿を見て溜息を吐く。
「・・・マヤ、いいかげんドラクルから離れろ!迷惑だろうが!」
そう言って、マヤを叱り付ける。マヤは一瞬、びくっと震えるが、直後悲しげな顔で俺を見る。
「・・・・・・・・・迷惑、ですか?」
「・・・いや、迷惑では無いが・・・・・・・・・」
そう言うと、ぱあっと満面の笑みを浮かべ、より強く抱き付いた。娘のその姿に、イエーガーは深く溜息を吐いた。・・・まったく、やれやれだ。
見れば、ジャックも苦笑している。アイは・・・相変わらず微笑ましげに見ているな。
「・・・はぁっ」
思わず、俺も溜息を吐く。本当に、随分と懐かれたものだ。まあ、気持ちは解らなくもないがな。
マヤはオーガによって殺されかけたのだ。其処に偶然とはいえ、駆け付け助け出した男。助けられた彼女からすれば、白馬に乗った王子様に見えなくも無いだろう。夢中になるのも無理はない。
・・・やれやれ、俺はそんなものじゃないんだがな。
苦々しい顔でマヤを見ると、彼女は満面の笑みを返してきた。花の咲き綻ぶ様なまぶしい笑顔だ。
・・・はぁっ。まあ、良いか。俺は考えるのを中断した。
・・・・・・・・・
「そういやドラクル。お前、オーガを倒したってのは本当なのか?」
ふと、思い出した様にイエーガーは俺に問い掛けてきた。ふむ、イエーガーの表情を見る限り、別に疑っている訳でも無さそうだ。
ふと、思った事を聞いてみただけ。そんな感じがする。
だが、マヤはそうは思わなかった様で、むすっと不機嫌な顔になる。
「父様、この方達をお疑いですか・・・?」
「別に、疑っている訳ではない。気分を害したなら謝ろう」
そう言って、イエーガーは俺達に頭を下げる。中々律儀な性格の様だ。
「別に謝る必要は無い。それと、確かにオーガを倒したのは間違いない」
「ふむ・・・」
イエーガーは頷くと、しげしげと俺を観察する。値踏みをされている様で、落ち着かないがな。
・・・数秒後、イエーガーは何処か納得した様な顔で頷くと、真剣な面持ちで俺に言った。
「なるほど、全く隙が無い。肉体も程良く鍛えられている様だ・・・。かなりの研鑽を積んだな」
「まあ・・・そうだな・・・」
俺は曖昧に頷いておく。俺としてはこんな物で納得していないからだ。もっと上へ、もっと先へ、もっともっと・・・俺はこんな限界など認めない。
そんな俺の心情を見抜いたのか、イエーガーは目を鋭く細める。
「・・・確かに、お前は強いな。だがな・・・お前、同時に孤独を感じているだろう?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
俺は何も言わず、イエーガーの瞳を覗き込む。イエーガーの真意を探る為だ。
イエーガーは溜息を一つ吐き、真っ直ぐに俺を見据えて言う。
「お前は強い。だが、その強さに誰も付いていける者が居なかった為に、お前は誰よりも孤独を感じていた筈だ。違うか?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
何も言えない。俺は黙り込む。恐らく、今の俺の表情は苦痛に歪んでいるだろう。
・・・何という事はない。俺の理想、俺の願いは強すぎた。それ故に、誰も俺に付いて来れない。
生前、親友と呼んでいた者ですら、俺の事を半分も理解出来ていなかっただろう。
故に、俺は常に強い孤独と絶望感に苛まれていた。
けど、それでも諦め切れない。まだだ、もっともっとと・・・俺は孤独も絶望感も受け入れて、只前へ突き進むしか出来ない。それしか知らない。
「ああ、確かにお前は孤独だ。誰もお前の強さには付いて来れないだろう。・・・しかし、それでもそんなお前に付いて来ようとする、お前を心から慕う者もいるだろう?」
「・・・・・・・・・っ」
俺は、アイとマヤの顔を見る。二人とも、俺の事を心配そうに見ていた。ああ、そうか・・・。
俺の親友として、俺の隣に居続けたアイツ。俺の事を好きだと慕ってくれたアイとマヤの二人。
そうだな、俺は一人ではない。俺の親友でいてくれた者。俺の事を慕ってくれた者・・・。俺は一人ぼっちではなかった。
「・・・理解したようだな」
「ああ、ありがとう・・・イエーガー」
俺は清々しい笑みで、イエーガーに礼を言う。俺は一人ではなかった。無意味な努力では無かった。
こんな俺だからこそ慕ってくれた者も居る。こんな俺だからこそ、付いてこようとした者も居る。
きっと、それが全てなのだろう。この胸の温もりこそが、きっと・・・。
アイもマヤも、俺に優しく微笑み掛けている。きっと、俺はこの温もりこそが欲しかったんだ。
ありがとう。




