チート
それは、俺がまだ十歳になったばかりの頃だ。
「此処は何処だ?」
暖かい光の射す白い空間、其処に俺は立っていた。何故こんな場所に居るのか、全く覚えが無い。
そんな時、背後から何者かの気配を感じる。
「誰!?」
「きゃっ!?」
勢い良く振り返ると、純白の衣を着た、俺とほぼ同じ背丈の少女が居た。
年齢は大体俺と同じくらいか?瑞々しい透ける様な白い肌に翠の瞳、流れる様な金髪を肩まで伸ばした美少女だ。正直、かわいいと思う。
「・・・・・・・・・大丈夫か?」
「・・・大丈夫」
俺の差し出した手に摑まり、少女は立ち上がる。そして、俺の顔を見てきょとんっとした顔をした。
「貴方、どうして此処に居るの?」
「それは俺が聞きたい。此処は何処だ?そして、お前は誰だ?」
肩を竦めて溜息を吐く。我ながら子供らしくないと思う。
そんな俺を見てどう思ったのか、少女は呆れた顔をした。
「此処は神界。時間と空間を超えた神々の世界だよ」
そう言って、少女は胸を張る。神界―――
少なくとも、俺はそれを聞いて多少驚いていた。
「神界、という事はお前は女神様なのか?」
「うん!けど、まだ名前も無い下級の女神だけど・・・」
少女はしゅんっと項垂れる。そんな姿もかわいいな。
けど、名前が無いのは不便だな。よしっ!!
「良ければ俺が名前を付けてやろうか?」
「本当!?」
ずいっと、少女は身を乗り出す様に一気に近寄る。って、近い近い!
「本当本当、だからもうちょっと落ち着け!!」
「あっ・・・」
少女は顔を赤くして、そそくさと俺から離れた。うん、やっぱりかわいいな。
にやにやと少女の顔を見ると、更に赤くなった。
「かわいい・・・」
「っ!?」
「おっと、すまんすまん」
俺は手をひらひらとさせながら謝る。うん、我ながら誠意が籠ってないな。
少女はそんな俺を、真っ赤な顔で睨み付けてくる。
「そんなに睨むなよ。では、アイってのはどうだ?」
「・・・?アイ?」
少女は言葉の意味が解らず、首を傾げる。
「そう、親愛とか友愛とか、愛情のアイ。お前の名前はこれからはアイだ」
そう言った瞬間、俺は何かに引き寄せられる感覚と共に、夢から覚めた。
それが、女神アイと俺との初めての出会いだった。・・・だが、話はまだ終わらない。
それから毎日、夢を通じて彼女と出合った。アイという名前を彼女は気に入っていた様で、嬉しそうにその名を名乗っていた。
とても楽しい日々、何時までも続くと思っていた。
しかし―――
「もう、龍とは会えない・・・」
「いきなり何だ?」
恐らく、この時の俺は間抜けな顔をしていた事だろう。対するアイの表情は暗い。
・・・どうしたのだろう?
「本来、神界は人間が入ってはいけないし、入れる様な所じゃないの。だから、龍が此処に居るのはいろいろとマズイの」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
つまり、俺は神界にとってイレギュラーらしい。此処に俺が居たら、神々にとって都合が悪いと。
ふーん。
「大丈夫だ」
「え?」
俺は精一杯の笑顔をアイに向ける。アイは訳が解らずに、呆けた顔になる。
「人間が入ってはいけないなら、人間を超えれば良い。人間が入れる場所じゃないなら、それを覆せる存在になれば良い」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「いつか、いつかきっと人間の限界を超え、神様の限界すら超えてお前に会いに行く。必ずだ」
そう言って、俺はアイを抱き締めた。優しく、包み込む様に抱擁する。
自然と、アイの腕が俺の背に回される。
「うん、私待ってる。何時までも貴方の事を待ってるから・・・」
俺とアイは約束を交わし、静かに唇を重ね合わせた。
・・・・・・・・・
回想終了―――
「落ち着いたか?」
「・・・・・・・・・はい」
ようやく泣き止んだアイ。だが、落ち着いた物の、今度は顔を真っ赤に染めて俯いてしまった。
今更になって、泣きじゃくったのがかなり恥ずかしいのだろう。その姿がとても可愛くて、同時に愛おしくて、俺はアイを再び抱き締めた。
「あっ・・・」
アイの口から声が漏れる。そして、俺の背に腕を回してくる。
久し振りの再開。かれこれ十年ぶりになるだろうか・・・。いやはや、懐かしい。
「久し振りだ、アイ」
「はい、久し振りです、龍」
アイの声は少し上擦っている。涙を堪えているのだろう。
俺は、アイに再会した事で安堵しているのだろう。自分でもそれがはっきりと理解出来る。
・・・どれ程の時間が過ぎただろう?体感時間的には、一時間以上は過ぎている気がするが。
「で、何で俺は此処に居るんだ?」
確か、俺の記憶が正しければ神界に人間は原則来れない筈だったのでは?そう思い、アイの方を見ると言いたい事を既に理解しているのか、こくりと頷いた。
「龍、貴方は既に人間の限界を超越し、神域に限りなく近付いていたのです。ですので、特例として貴方を神界へ招きました」
「そうか。・・・ん?でも神域に近付いていたのなら、何故闇討ちを仕掛けて来た奴等を倒し切れなかったんだ?」
いくら相手が群れていたとはいえ、神域に近付いた者を容易に倒せるとは思えないんだが?
そう思っていると、途端にアイが悲しげな顔をした。
「それは・・・、龍の器が限界に達していたからです・・・」
・・・何だって?
思わず怪訝な顔をする俺に、アイは泣きそうな顔をする。どういう事だ?
「龍が限界を超えようと努力を続ければ続ける程、貴方の身体はその苛酷さに耐え切れず、悲鳴を上げていたのです・・・」
・・・俺は黙り込む。身に覚えは、ある。
最近、かなりの頻度で血を吐く様になった。身体が重く、思い通りに動かない事など何時もの事だ。
そうか、身体の方が限界だったか・・・。認めたくないなぁ。
きっと、今の俺は遠い目をしているのだろう。
何度も絶望した。何度も心が折れ掛けた。それでも諦め切れない。
まだだ。もっと、もっとと―――
怪物と呼ばれ、周りから怖がられても、それでも諦める事だけは出来ない。
そんな俺の顔を見て、アイは何かを決意した様な顔をする。
「龍、もし貴方が良ければ、生まれ変わって異世界に行きませんか?」
「何?」
思わず、俺はアイの顔を見る。アイは力強い瞳で俺を見詰め返す。
「龍、貴方を別の世界へ転生させましょう。貴方の手助けとなる様に力を与えましょう。ですのでどうか諦めないで下さい!!」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
俺とアイはじっと見詰め合う。時と空間を超越した神界に時間の概念は無い。しかし、体感時間的には俺が目を覚ましてから、だいぶ時が過ぎた様に感じる。
俺はまず、ふうっと息を吐き、心を落ち着ける。
「まず、一つだけ聞いておきたい。・・・俺が死んだ後、事件の結末はどうなった?」
研究のレポートはどうなったのか?友人は上手くやったのだろうか?それが頭に浮かぶ。
アイはふっと笑みを浮かべ、大丈夫と言った。
「龍を殺した人達と、その黒幕の教授は貴方の友人が証拠を付き付けて、警察に捕まりました。特に教授の方は過去の不正を全て暴かれて、二度と牢から出られないそうです」
「・・・そうか」
よかった、あいつはどうやら上手くやった様だ。もう、あの世界に思い残す事など無い。
「解った、俺を転生させてくれ」
「はい。では今から龍に力を与えますので、手を出して下さい」
俺は迷わず手を差し出した。アイはその手を包み込む様に、両手で握る。
瞬間、俺の手に暖かな光が宿り、身体全体を優しく包み込んだ。同時に、俺の頭の中に"超越"の文字が浮かび上がる。
「終わりました。龍の異能は"超越"ですね。貴方が諦めない限り、その力は限界を超える助けになるでしょう」
「今思ったんだが、アイはどうやって俺に力を与えたんだ?」
それは何気ない疑問だった。別に、深い意味など無い。只、何となく思っただけ。
それだけの事だ。
「それは私の神としての権能による物ですね」
「神の権能?」
あれだろうか?漫画やアニメとかによくある、神様の人知を超えた力的な物だろうか?
凄い神通力とか、摩訶不思議な奇跡とか、そんな感じだろうか?
「はい、私の権能は"願望に形を与える"能力。簡単に言えば、願いを叶える能力ですね」
俺は目を見開いて驚いた。それはかなり凄い能力ではなかろうか。
そう思ってアイの顔を見ると、アイは苦笑して首を横に振った。
「そんなに万能な力では無いんです。明確な形の無い願いはやっぱり叶えられないですし・・・」
つまりあれだろうか?明確に何がしたいのか、何になりたいのか、その願望の形が定まっていないと叶えられないという事か?
全ての願いを叶えられる訳では無いと?いや、しかし―――
「それでも充分凄いと思うが?」
「そ、そうですか?」
アイは頬を淡く染め、そっぽを向いた。自分が褒められるのが、恥ずかしいのだろう。
やっぱりかわいいな。
思わず俺はアイを衝動的に抱き締めた。腕の中でアイが赤面し、あうあうと言葉にならない声を発しているのが解る。それがまた、かわいい。
「あっ、あの!そろそろ異世界へ行きませんか!?」
「ん?あ、ああっ・・・」
少し残念に思いながら、俺はアイを放す。アイはゆっくりと深呼吸し、心を落ち着ける。
「落ち着いたか?」
「・・・はい」
どうやら本当に落ち着いたらしい。こほんっと軽く咳払いし、アイは口を開く。
「異世界に転生する前に、龍には新しい名前を与えようと思います」
「新しい名前?」
「はい」
あれだろうか?異世界の世界観的な物だろうか?
異世界に日本人の名前はかなり目立つとか?
「貴方にはこれからは竜公と名乗って貰います」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
あれだな。昔のワラキアの君主みたいな名前だな・・・。
呆れた視線を向けると、アイは不安そうな目で見詰め返してきた。
「気に入らなかったですか?」
「いや、とても気に入ったぞ。うん・・・」
そう言って、俺はごまかした。ほっと胸を撫で下ろすアイ。
・・・うん、まあ良いや。
「じゃあ、そろそろお別れだね」
「ん?何を言ってるんだ?」
「え?」
少しだけ寂しそうに別れを告げるアイに、俺はにやりと笑って言った。アイはきょとんっとした顔で小首を傾げる。
ようやく再開出来たんだ。このままお別れなんて、する訳が無いだろう。
「アイ、お前も一緒に来るんだよ」
「っ!?し、しかし・・・」
躊躇うアイに、俺は黙って手を差し伸べた。アイはじっと俺の手を見詰め、少しだけ迷った後、確かにその手を握り返してきた。




