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その日、私は急いでいました。
学校の授業も終わり、さて帰ろうとなった時に、担任の先生から手伝いを頼まれてしまったのです。普段から忙しそうにしている先生だったので、断るのも悪い気がし、手伝いを買って出たのは良かったのですが、予想以上に時間が経ってしまいました。
それゆえ、私は今、こうして駆け足にならざるを得ない状況になっています。
「はあ、はあ、はあ……果たして間に合うでしょうか」
今日は祖母との約束があり、早めに帰ってきて欲しいと言われていました。どうしてなのか理由は聞いていませんでしたが、何かしら用があるのだろうと思い、今日は早く帰ろうと思っていた矢先のことだったのです。
それ故に、私は焦っていました。祖母は優しいので、遅れても怒らないかもしれません。しかし、早く帰ると約束して手前、出来る限り早く帰るように努めるのが当たり前だろうと思っているからです。
「はあ、はあ、はあ……そういえば、この林を突っ切れば近道になったような」
今、私の丁度右手には、深々としてた林が広がっています。
そこは周囲の人間から毛嫌いされるほど不気味な場所で、よくわからないが何か不穏な気配が漂っているともっぱらの噂でした。以前に森林伐採をするとの話も出ていたらしいのですが、何でも機械を搬入すると動作がおかしくなるらしく、安全な作業が出来る環境じゃない!と業者の方がここに手を出すのを断ったみたいです。
小さい頃の無邪気な私はそんなことなど露知らず、何度もこの林に遊びに入り込んだものですが、その時は何かが起きたことなどありませんでした。今となってはこの林で遊ぶこともないし、そんな噂話もあるので、ここに入り込むようなありません。寧ろあまり意識を向けないようにすらしています。
しかしながら、今回は緊急ということで仕方がありません。特に実害があるわけではないし、この不気味さを多少我慢すればすぐに済むのです。
故に私はこの林を駆け抜けることを決意したのです。
「……何も起きません様に」
そう願いつつ、私は林に駆け込みました。
小さい頃の記憶は意外と残っているもので、どこをどう行けば家に辿り着けるか意外と覚えているものでした。その記憶を頼りに、暗くなる前に早く林を抜けてしまおうと、私は一心不乱に走り抜けるつもりでした。しかし、こういった気味の悪い場所では周りの様子というのはどうしても気になってしまうもので、世話しなくキョロキョロと視線を泳がせていました。
その不注意が祟ったのでしょう、私がふと視線を前に戻すと、すぐそこに黒い靄のようなものが浮かんでいました。それは何もかもを吸い込んでしまうようなほど渦巻いており、私に手招きをしているように見えます。その禍々しさから、きっと近づいたらまずいものの類だろうと私は直感しました。
私は両足で一気にブレーキをかけ、寸のところで止まってくれることを願いました。
「危ないっ……っと!?」
けれども運が悪かったのか、それともどんくささからか、私は足元にあった何かに躓いてしまいました。
そして宙に浮いた私の体は、走っていた勢いのままに渦の中へ放り込まれてしまったのです。
瞬間、上下左右の感覚が傾いたかと思うと、視界は捻じ曲がり、あっという間に目の前の景色が暗転しました。私にはこの強烈な不快感を声に上げる暇などなく、まるで布団の中で眠るかのごとく、静かに意識を手放してしまいました。