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愛しの彼女を埋めました。  作者: 喜多川 信
第五巻
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第九十九話




「私はその、彼に――この前のクリスマス・イヴの日に、なのだけれど。コンクリートで私の足を固めて水に沈めてもらったりとか、その、そういう事を彼にさせてきて」

「なるほど、イブにコンクリートで水に沈めふぁっ!?」


 松崎さんは奇声を上げた。

 ちょっとどころではなく意味が分からない。


(ど、どゆこと?)


 何をどうしたらクリスマス・イヴの日に水没しなければならないのか。この前のクリスマス・イヴの日は確か、晴れているのに雪が降っていたはずだ。最高にロマンチックな日で「ああ、好きな人と一緒なら忘れられない日になっただろうなぁ」と松崎さんは思ったものだ。


 だというのに、よりにもよってそんな日に――水に沈めてもらう?


(どどどっ、どゆことっ?)


 松崎さんにはさっぱり分からない。

 だがヨロズ先輩の眼差しは真剣だった。嘘や冗談の類ではないらしい。


(……な、なんか、とんでもないワードが鵯越の逆落としを仕掛けてきたんだけど……頭のいい人の考える事もやる事も、ほんと意味わかんない……)


 あまりのカミングアウトに、松崎さんは目を彷徨わせた。


(生瀬さんといい会長といい、どうしてそうなるの……?)


 相談してくる内容が、ことごとくぶっ飛んでいる。

 恋バナかと思ったらとんでもない猟奇的な行為の相談を持ち掛けられるし、かと思えば、かなり純粋な恋心も見え隠れしていて、松崎さんとしてはいつも引くに引けなくなっている。この人たちはもうちょっと相談内容がどうにかならないものなのかと、松崎さんはふと思った。


(けどまぁ、そう言えば――)


 と松崎さんは顎に指を当てて思い出した。


 ヨロズ先輩は一年生の時、告白してきたイケメン先輩を恐怖で三日寝込ませたという噂がまことしやかに流れている人だ。雪女の末裔とすら謳われる、日戸梅高校随一のクールビューティーなのだ。

 文武両道の完璧超人であり、思考回路が凡人とは異次元の人だ。


(……それに、銀野会長の言う事だし……)


 もう少し話を聞かねばと、松崎さんは身を乗り出した。

 悲しいかな、生瀬さんのノーパンカミングアウトによって、松崎さんはそこそこ耐性が出来てしまっていた。


「そ、それで銀野会長は、そのイヴの事は、後悔しているわけですか?」


 松崎さんがそう問いかけると、ヨロズ先輩はうつむき加減で頷いた。


「ええ、後悔しています」


 ヨロズ先輩はしょんぼりした様子で、両の指先を見つめている。


「ひどく、突っ走ってしまったというか。彼に、甘えすぎた自分がいたな、と」

「……それで、えっと、それが、一例、なわけですよね?」

「あくまで、ほんの一例です……」


 ほんの一例でそれなのだから、もう滅茶苦茶だ。


 よくもその『彼』とやらは、普通デートに行こうなどという気になったものだ。よほどヨロズ先輩に惚れているに違いなかろう、と松崎さんは思いつつヨロズ先輩に尋ねた。


「ようするに会長は、その他にも、色々とやらかしてきた……と?」

「ええ。その、今思うと、すごい事を沢山してきたな、と」

「なるほど……」


 何がなるほどなのか松崎さんにも分からなかったが、なぜかその言葉が口をついた。心の整理が追い付かない時は、とりあえずそう言ってしまうものらしい。

 松崎さんが混乱を整理していると、ヨロズ先輩がぐいっと身を乗り出した。


「だからその、今回のデートは、努めて普通にする必要があるの」

「普通、ですか……」


 松崎さんはヨロズ先輩をまじまじと見た。


 平素は完全無欠のクールビューティーにして、雪女の末裔とすら囁かれるほど表情の変化が読みにくいヨロズ先輩が、暖を求める小犬のように近寄ってくる。そう松崎さんには感じられて、松崎さんは否が応にも心が熱くなった。


 どんな事態も涼しげな顔で処理してしまえるヨロズ先輩が、自分を頼ってくれている。なにより、大切な人のために、一生懸命に行動しようとしている。


(会長、結構、乙女なんだ……)


 ヨロズ先輩の一面に触れたような気がして、松崎さんはきゅんとした。自分の気持ちが分からないから確かめたい、なんて悶えてしまうお願いではないか。


 これは猛烈に応援せねば女が廃ると、松崎さんの義侠心が燃え盛る。


「わっかりました、会長。まかせてください」


 胸をどんと叩く松崎さんを、ヨロズ先輩が上目遣いに覗きこんだ。


「ほんとう?」

「はい。簡単ですよ、会長なら」


 ヨロズ先輩の要領の良さを松崎さんは知っている。

 生徒会の業務で、日頃から間近で見ているのだ。ヨロズ先輩はきっと慌てているだけで、冷静に考えるきっかけを与えれば、事足りるだろう。


 そんなのは楽勝だ、と松崎さんは請け負った。

 自信に満ちて胸を反らす松崎さんの様子に、ヨロズ先輩は居住まいを正した。


「それで、根本的なことなのだけれど、松崎さん」

「はい、なんでしょう?」

「普通の遊園地デートというのは、どういうものなのかしら?」


 ヨロズ先輩にそう問われ、松崎さんはどう答えるべきかと迷った。


 好きな人と二人で遊園地を周れば、それが普通デートになる。どう考えたって、そうとしか答えられない。デートマニュアルなりから、すこし参考にすればよいだろう。あとは相手の雰囲気をうかがいながら、ドキドキしたり、不安になったり、時には迷ったりしながら一緒に遊園地を楽しめばいいのだ。だが、ヨロズ先輩はそれが出来ない、と不安になっている。


 ヨロズ先輩にも遊園地に行った経験くらいはあるだろう。

 それを思い出してもらって、その延長線上で考えてもらうのはどうだろうかと、そう思って松崎さんは口を開いた。


「銀野会長は、誰かと遊園地、行った事はあるんですか?」

「ええ、父と、昔。小学生の時に」

「お父さんと、ですか……どんな事を覚えていますか?」

「……どんな乗り物に乗ったかとか、何を食べたかとかは、よく覚えていないのだけれど。父は普段、すごく忙しそうにしているから。その日一日は、父とずっと一緒にいられて。楽しかったわ、すごく。……ずっとそこに居られたらな、って思ってしまって。父にもう帰らないとって言われたけれど、最後にお願いして観覧車に乗ったわ。とてもゆっくりで、このまま止まってしまえばいいのにって、そう思った。それなのに、ふふっ……上に行くと、すごく高く感じてしまって、怖くて。父にぎゅっと掴まって。父は、優しく微笑んでくれていたわ」


 そう懐かしそうに語るヨロズ先輩の面立ちは、いつものクールな雰囲気とはまるで違う。大切なぬいぐるみに優しくリボンでも結び付けているかのような、あどけない表情だった。


 見惚れてしまった松崎さんは、はっと我に返って微笑んだ。

 ヨロズ先輩のこの顔をみせれば、どんな相手でもイチコロにできるだろう。


「そういうので良いんですよ、会長」

「……?」

「一緒に居たいって思って、そういう風にするのが、普通デートなんです」

「そう、なのかしら?」

「普通の事でもちゃんと覚えているのが、特別な事なんです。そういうのを、彼とこれからたくさん、作っていけばいいんです。特別なことだけど、特別視しすぎない、っていうか。普通にすることを強迫観念みたいに考えてたら、それ、絶対普通になりませんよ、きっと。大丈夫です、銀野会長ならできますよ。お父さんとの素敵な思い出、作れたんですから」


 松崎さんは自身を持って言ったが、ヨロズ先輩は納得がいっていないらしい。


「松崎さん。本当に、それで、大丈夫かしら?」

「というと?」

「それで普通のデートに、なるのかしら? 相手に、そう思ってもらえるかしら? 家族と一緒にいくのとは、今回は違うというか。遠慮なく想うがままにやってきて、その結果、良くも悪くも変な事になってきたのが、今までの事でもあるし」

「最低限、外れすぎないようにしておけば大丈夫ですよ。今までの失敗の原因、銀野会長はちゃんと認識できてるから、これじゃいけないって思ったんでしょう?」

「え、ええ」

「だったら、反省の後には行動あるのみです」

「それで、相手に楽しんでもらえたり、もっとお近づきになれる、の、かしら……?」


 ヨロズ先輩はひどく自信がないようだった。

 慎重になるのは致し方ないが、臆病とも取れるほどだ。目的、計画、行動のバランス感覚に優れている、いつものヨロズ先輩らしくない。ヨロズ先輩の自信の無さには、なにか急かされるような気配がある。


 松崎さんはそう見抜いて、小さく首を傾げた。


「……会長、もしかして、焦ってます?」

「えっ?」

「いつも会長、言っていますよね、生徒会の業務で。焦りは禁物だって。多少のミスは覚悟して、まずどんと構えていないと、目的を達成する前にブレてしまう、って」

「え、ええ」


 そう頷きつつも不安そうなヨロズ先輩に、松崎さんはふと何かを感じた。

 より手強く、根深いものがあるのではないか、と。


「会長、焦っちゃうようなこと、何かあったんですか?」

「――っ」


 打てば響くかのように、ヨロズ先輩の目に動揺が走った。

 いつもと違う、ヨロズ先輩の分かりやすい感情の変化だ。松崎さんは目をぱちくりとさせつつも、やはりそうなのかと耳を澄ましてヨロズ先輩の言葉を待った。


 するとヨロズ先輩がおずおずと口を開いた。


「……その、今度、普通デートをする事になった人の事を、とても想っている人がいて。その人にその、宣戦布告を受けてしまっている、というのか……」

「せ、宣戦布告!?」


 松崎さんはがたんっと椅子を鳴らしてしまった。

 ヨロズ先輩は椅子の音に目をしばたかせつつも、こくりと頷いている。


「ええ。直接その、面と向かって言われてしまって」

「つ、つまり、ライバル宣言ですか!?」


 物凄い話だなと松崎さんが尋ねると、ヨロズ先輩はやや戸惑いつつも頷いた。


「そういう、感じになる、の、かもしれないわね……」


 ヨロズ先輩の声は歯切れが悪い。


 驚きのあまり浮いた腰を戻しつつ、松崎さんは(結構ハードな感じなんだ……)と認識を改めざるを得ない。

 とはいえ、やるべき事にそう違いはないと松崎さんは感じた。


「いやいや、だったらなおの事、焦っちゃダメです」


 松崎さんは断言して続けた。


「会長はその、いろいろすごいし。すっごく美人で頭も良いし、雰囲気もミステリアスで、窓辺にいるだけで絵になる感じで。普通にしていれば大概の人には勝てますよ。だってほら、面と向かってライバル宣言してくる人なんでしょ? 性格キツそうだし、がつがつと闘志むき出しにしてると、そういうの男の子も敏感に感じ取って引いちゃうって聞きますし」


 勇気づけるつもりで松崎さんは言ったが、ヨロズ先輩の反応はやや鈍かった。ライバルの事を慮るように、口をもごもごとさせている。


「でもね、松崎さん。その人は、なんていうのか……」

「?」

「とっても可愛らしくて。優しくて、柔らかくて、温かくて。普段は、そういうキツイ言い方をする人では無くて。むしろその、その人のおかげで、こうして普通デートをする運びになった側面というか、背中を押されてしまった感があって。というよりも、今思えばおそらく、その人はそういう目的で、言ってきたという気が私はしていて……」

「……は、はあ……」


 なんだかわけが分からない。

 と、松崎さんはヨロズ先輩へと身体を傾けた。ヨロズ先輩を敵に回しながら塩を送ってくる。そのライバルとやらは、相当な人物のようだ。


「どんな人なんですか? そのライバルさんって」

「……笑顔が……」


 ヨロズ先輩はそう言葉を途切れさせ、羨むように遠くを見た。


「笑顔がほんとうに素敵で。とても親切で。一緒にいるだけで癒される感じがあって……安らぎというのか、寄り添う決意というのか。ただ優しいだけの人では無くて、誰かのためにちゃんと怒ったり泣いたりできる人で。うらやましいくらい、女の子っぽい感じで」


 ライバルの事を語っているとは思えないほど、ヨロズ先輩の口から次々と出てくる言葉の数々は、心からの称賛で一杯になっていた。


「バレンタインの時にその人が私に、そういう風に言って来たこと自体が、私の不徳の致すところに原因があった、というのか。学ばせてもらった、というのか」


 感謝すら抱いているとでもいうように、ヨロズ先輩は続けた。


「私にないものを、沢山もっている人だから……」


 ヨロズ先輩のその言葉には、ライバルへの憧れがあった。ヨロズ先輩が弱気になっている最大の理由に松崎さんは気付き、声を張り上げた。


「だ、だとしても、会長なら負けませんよ! いや、こういうのって勝ち負けじゃないかもしれないけど、だからって、会長が怯んだり、焦ったり、そんな必要はないはずです!」

「そ、そうかしら?」

「そうです! 今までの反省を活かせば、会長には敵なしです!」


 松崎さんが一心にそう述べると、ヨロズ先輩は勇気づけられたようだ。表情をすこし明るくして「ありがとう、松崎さん。頑張ってみます」とお礼を述べた。


 普通デートの参考になりそうな雑誌なども、松崎さんはヨロズ先輩に教えておいた。ヨロズ先輩を見送り、松崎さんは空き教室を後にして、ふむと唸る。


(それにしても、会長にあそこまで言わせる人って……どんな人なんだろう……)


 松崎さんはとても興味が湧いた。話の流れでつい聞きそびれてしまったけれど、今度、ライバルさんについて、ヨロズ先輩から詳しく聞いておこう。

 それにしても、と松崎さんは廊下を歩きつつ頬を緩めた。


(会長、かわいかったなぁ……ライバルが現れて、焦っちゃうなんて、ふふっ。でも、銀野会長ならどんなライバルにも負けるはずないし)


 普通デートは成功するだろう、と思いつつ松崎さんは曲がり角を曲がった。

 すると、ばったり一年の女生徒と出会った。


 小柄な女生徒だ。

 表情も仕草も口振りも、ほんわかとしていて優しく、それでいて意志の強さを秘めている。日戸梅高校の奇人・変人どもですら、なぜか一目を置いていて、彼女の言う事には従っている。

 圧倒的な博愛と慈しみによって人望を集める、クラス委員長。


 誰あろう、生瀬さんだった。





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