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愛しの彼女を埋めました。  作者: 喜多川 信
第四巻
76/101

第七十六話




     8



「香苗、テロ研の動きは?」

「まだないわ、リコ」

「かえって不気味ね、それ」

「向こうもこっちを警戒してるっぽいから、尻尾は中々掴めない」

「銀野ヨロズは必ず、連動して動いてくる……」

「でしょうね」

「ほんと厄介ね、今回は。色々と」


 風紀委員会室の机で手を組み、保羽リコは溜息をついた。


「リコ、バレンタインの懸案事項、まだ残ってるでしょ」

「生瀬の動き、か……」

「前回上手くいったのって、ぶっちゃけ生瀬ちゃんのおかげでしょ。今回も、どうやら銀野会長に協力してるみたいだけど、はてさて、どう動いてくるのか……」

「風紀に引き込んどかないと、まずいわよね」

「引き込めずとも、中立くらいには居て欲しい」


 思案顔で香苗は腕を組んでいた。

 生瀬さんの率いる変人・奇人どもは、趨勢を一変させる。普段はチームワークなど一欠けらも無い連中だが、生瀬さんの下では類まれな連携を発揮してくる。


 敵に回せば手強く、味方になれば心強い。


「どうして生瀬は、前回、あたしたちに協力を?」

「そりゃ、腹に据えかねる事があったんでしょうよ」

「はらに、すえかねること?」

「本人に聞いてみれば?」

「この前、一緒にご飯食べた時、それとなく聞いてみたけど、はぐらかされちゃって。生瀬、なんだか苦しそうなのに、顔には出さないようにしてる、っていうか」

「無理には聞けない、か……」

「あたしたちに相談しにくい事かもしれないし」

「そうね。生瀬ちゃんにも、事情があるだろうし」

「生瀬をよろしく、って如奧には釘刺しといたけど……」

「如奧さんね……いたく生瀬ちゃんを買ってるみたいだから、大丈夫だとは思うけど。生瀬ちゃんが変な道に引きずり込まれたりしたら、私は嫌だなぁ」

「それは大丈夫よ」

「そう?」

「うん」

「なんで?」


 確信をもって頷く保羽リコに、香苗は理由を尋ねた。


「よくよく考えるとさ、変人どもに引っ張られるような主体性の無い子だったら、生瀬、とっくに道を踏み外してると思う。芯がしっかりしてなくちゃさ、生瀬みたいに、変人どもの話でもちゃんと聞いたりなんて出来ないでしょ」

「なるほど、そりゃそうか」


 得心した、と香苗は頷いた。

 物腰の柔らかい聞き役ほど、人間的な強さが求められるものはない。風紀委員会の業務にも、生瀬さんは何度も手を貸してくれている。


 奇人・変人の問題児たちも、生瀬さんにはすんなり従う事が多い。

 体育会系の人員で構成されている風紀委員会は、ハードパワーに優れる半面、ソフトパワーではやや劣る。生瀬さんのような助っ人の力を借りる事によって、事が運びやすくなる。無駄な腕力の行使は、風紀委員会の本意ではない。


「バレンタインに生瀬ちゃんがどう動くかは、出たとこ勝負かな」

「それより、東原先生の方が問題かも」

「ああ、たしかに……」


 近頃の東原先生の動きを思い浮かべ、香苗はげんなりと相槌を打った。

 風紀委員会の特別顧問にして、最大の支援者、それが歴史を教える東原先生だ。人間の良くない所を主原料にして生み出されたような人柄で、青春が大嫌い。教員免許を取得した事が七不思議の一つになっているほどの、女教師だ。


 風紀委員会にとっては獅子身中の虫であり、獅子奮迅の爪牙でもある。


「東原先生、恋人に振られた生徒を嗅ぎつけては、なんだかロクでもない事を吹き込んでいるらしいから……それが、バレンタイン当日にどうでるか」

「チョコ・即・斬……だっけ?」

「東原先生は、それが絶対正義だって」

「まともな人間なら耳を貸さないでしょうけど……」

「失恋の傷心には、入り込んでしまうかも」


 生徒の自主・独立性を重んじる日戸梅高校は、校風が緩い。校内でのチョコの受け渡しは黙認されており、それを邪魔する者があっても、黙認される。チョコの受け渡しを原則禁止する臨時法が出来たものの、ろくな罰則規定すらない。


「さすが特別顧問。毎度、恐ろしい嗅覚だわ」

「現場を見かければ対処はできるけど、全部が全部、東原先生の行動に目を光らして居られる訳でもないから……油断はならない」

「ああ、そうだ、リコ。厳島先生には一応、声をかけといたわよ」

「ありがと。助かる」


 日戸梅高校随一の凶相を持つ国語教諭、それが厳島先生だ。


 歩くだけで職務質問をうけ、微笑めば手錠をかけられ、幼稚園児に近づくだけでニューナンブの銃口を向けられる、と生徒たちから噂されている。メイク無しでお化け屋敷の主力になれるほどの強面ではあるが、変人ホイホイの日戸梅高校では一二を争う常識人だ。


 なにより、東原先生を抑える最後の砦でもある。


「それで、香苗。厳島先生はなんて言ってたの?」

「わかったって。当日も、風紀の手に負えないようなら連絡欲しいってさ」

「頼もしい」

「ほんとにねぇ」


 お茶をすすりながら、香苗はしみじみと声を漏らした。

 断崖絶壁にはり付いている時のクライミングロープというのか。厳島先生は生徒会の顧問であるものの、今回は、風紀委員会にとっても命綱だった。





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