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愛しの彼女を埋めました。  作者: 喜多川 信
第三巻
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第五十三話




「どうしましょう、この郵便ポスト」

「持って行きましょう。このままここに置いておくのも問題だわ」

「ですね」


 ずいぶんとかさばる荷物が増えてしまった。


「カメラ、返して大丈夫だったんでしょうか?」

「それほどまずいモノは撮られて無かったわ、エリちゃん」

「あ、あの一瞬で確認したんですか?」

「ええ」


 如奧先輩はさらりと言った。


 如奧先輩がそう言うなら、きっとそうなのだろう。生瀬さんの経験則ではあるものの、日戸梅高校の上位者たちは非常にスペックが高い。地頭の良さや能力の高さを、全て訳の分からない方向に全力で注ぎ込んでいるからこそ、上位者となれるのであろう。


「それにエリちゃん。パシャ子ちゃんは、まだつけているわ」

「え?」


 きょとんとした後、生瀬さんはそれもそうかと思った。

 第二報道部の人間があれくらいでおめおめ引き下がるはずもない。


「困ったわねぇ」

「このままだと、まずいかもしれません」

「なら聞いてみましょう。トランクの彼に」

「そうですね。森田君?」


 生瀬さんはトランクを控えめにコンコンと叩いた。

 しかし、反応が無い。


 如奧先輩が屈んで、トランクに耳を寄せ、目をぱちくりさせた。


「あら、この子、たいしたものね。寝ているようだわ」

「え?」


 如奧先輩と同じように、生瀬さんも屈む。

 トランクにぴたと耳をつけると、すーすーと寝息が聞こえてきた。


「ほんとだ……森田君、寝てる」

「この状況でまぁ、なかなか胆の据わった子なのね」

「森田君、大変だったから。ここ最近ずっと……」


 先日、美術室で絵のモデルになってもらった時も、森田君はうとうとしていた。真面目な森田君の性格上、色々と抱えすぎてしまう事もあるのだろう。なんだか起こすのが可哀想に思えて、生瀬さんはどうしようかと悩んだ。


「ねぇ、エリちゃん」

「はい、なんでしょう?」

「すばらしい力が、あなたにはもう備わっているわ。人は欲しいと思えばまず奪おうとしてしまうけれど、エリちゃんはそういうの、きっと上手にはできないだろうから。だからね、欲しいと願えば与えなさい。そうすれば、すべてあなたに返って来る」

「は、はぁ」

「戦うという事が奪い合う事だと思い込んでしまっている人も大勢いるけれど、それは違うの。つまり、エリちゃんに足りないものは、気付きと覚悟という事よ」

「……? あのぅ、先輩。話が見えないんですが……」

「あらあら、そう? まだエリちゃんには早かったのかしらね、ふふふっ……」


 如奧先輩の眼差しに居心地の悪さを感じて、生瀬さんは目をそらした。


「それより、先輩。続けましょう」

「尾行は捨て置くの?」

「いいえ。森田君の事だから、このルートが知られたとしても大丈夫なようにはしているはずですけど……尾行をまいてしまいましょう」

「あら、エリちゃんったら。大胆ね」

「大荷物を抱えていますから、パシャ子さんはきっと油断してるはずです。こちらの移動速度を。ですから、このトランクを脇道に隠して、ばっと走るんです」

「そうやって相手をまいて、あとでトランクを取りに来る、と?」

「はい」

「まぁ、すごく楽しそう」


 如奧先輩は愉快そうにむふふと笑っている。

 幸いな事に、生瀬さんも如奧先輩も動きやすい服装だ。


 森田君の指示通り、運動靴を履いている。生瀬さんはそれほど早く走れる訳ではないが、比較的入り組んだ駅前の道なら、尾行はまけるだろう。


「ではいきますね、先輩」


 段ボールの郵便ポストと赤いトランクを物陰に置き、生瀬さんは合図した。角を曲がった瞬間に、だっと走り出す。脇目もふらずに角をいくつか曲がり、表通りと裏通りを走り抜け、駅前の雑踏をくぐり、如奧先輩と身を寄せ合って裏路地に隠れた。


 ドキドキする。


 トランクと郵便ポストを持っていない。その意味をパシャ子に勘付かれていたとしたら、この逃走は無意味となってしまう。そこは賭けだった。


 ドタバタとした足音が聞こえる。


「くぅっ、やられたっす!!」


 そう声が聞こえ、足音が遠ざかって行った。


 生瀬さんはほっとした。

 どうやら、上手くいったようだった。

「では戻りましょう、如奧先輩」

「ええ。ふふふっ、たのしかったわね」


 如奧先輩は息一つ切らさず、微笑んでいた。運動があまり得意でない生瀬さんは、結構身体が火照っているし、まだ動悸は鎮まらない。


 再びトランクの場所を目指して角を曲がると、ばったりと出会った。

 保羽リコと。


 このタイミングだ。

 生瀬さんはどきりとした。


「生瀬? と、如奧……」


 保羽リコはたった一人だ。驚いた顔をしている。


 カジュアルな格好ではあるが、保羽リコは多少のお洒落をしている。変装もせずに生瀬さん達を尾行するとは考え難く、ローヒールのパンプスを履いており、なにより風紀委員は業務中に単独行動をしない。


 つまり保羽リコは、偶然目の前にいるだけ。

 生瀬さんはそう考えた。


「こんにちは、生瀬。どこいくの? 二人して」


 保羽リコは怪訝な顔をしていた。


「ご飯でも一緒に食べようかな、って。如奧先輩とそういう話になって」

「私がエリちゃんを誘ったのよ」

「へぇ、ご飯食べるために? ……二人とも運動靴をはいてるから、てっきり、どこかで身体でも動かしてきたのかと。ほら、顔も少し赤いし」

「ええ。近くの公園でラニングを少し。エリちゃんにも付き合ってもらって」

「良い感じでお腹もすきますから」

「なるほどね」

「リコ先輩は、どうしてここに?」

「兄と待ち合わせでね。買い物の」


 生瀬さんは鼓動を鎮めようとしたが、そうしようとすればするほど、ドキドキは強くなっていく。保羽リコに下手に疑いをもたれては困るのだ。


「清太も誘ったんだけど、断られちゃってねぇ」

「そうなんですか」


 森田君の名前が出て、生瀬さんは動揺した。

 その途端、保羽リコがすっと目を細め、鋭い眼光を放つ。


 自然に打ったつもりの相槌だったが、焦りが出てしまったのかもしれない。と、生瀬さんはひやりとしたが、保羽リコの眼光は如奧先輩に向けられていた。


「如奧、生瀬に変な事させてないでしょーね?」

「あら、ひどい言いがかりね」


 保羽リコの友好的では無い眼差しを、柔らかい表情で如奧先輩は受け止めていた。風紀委員会と女王様研究部は、水面下で火花を散らした事がある。と風のうわさに生瀬さんは聞いた事があった。


 保羽リコの態度は、それが理由なのだろう。


「エリちゃんには目をかけているのよ?」

「それが不安なのよ。生瀬に何かあったらしょっ引くからね。……っと、いけない。それじゃまたね、生瀬。あと如奧、風紀は目を光らせてるわよ」


 腕時計をみるなり、保羽リコは去って行った。


 待ち合わせ場所にむかったようだ。なんとかやり過ごした、と一息つき、偽の郵便ポストが置かれた場所まで戻ってきて、生瀬さんは気付いた。


 トランクケースがない、という一大事に。


(……あ、あれ? も、森田君……?)


 呆けていた生瀬さんは、すぐに身体がさあっと冷えていくのを感じた。心臓がぎゅっと嫌な縮み方をしたかと思ったら、呼吸が浅くなる。


 あるべきはずのものが、あるべき場所にない。


「も、森田君……?」


 生瀬さんの声に答えは返ってこなかった。




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