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愛しの彼女を埋めました。  作者: 喜多川 信
第二巻
39/101

第三十九話




     22



 クリスマス・イヴの翌日、森田君は心配になってヨロズ先輩の家を訪ねた。

 するとヨロズ先輩は、少し具合が悪そうな様子で出迎えてくれた。


「いらっしゃい、森田君」

「あの、昨日の事で、心配になって。その、身体は大丈夫ですか?」

「すこし熱はあるけれど、大丈夫よ。お医者さんに頼るほどではないわ」

「……お一人、なんですか?」

「父は仕事。母はずっと海外だから……」


 そこそこ大きな家に、ヨロズ先輩は一人でいる事がほとんどらしい。着崩れたようなラフな格好のヨロズ先輩は、少しぼーっとしているようだった。


「先輩、お昼ご飯は?」

「いえ、まだ。朝は食欲が無かったのだけど、いまは少しあるから……」

「なら、なにか作りましょうか? 雑炊とか、食べやすそうなもの」

「……いいの?」

「はい。それじゃ、キッチン、貸してもらいますね」


 そういって森田君は野菜雑炊を手早く作った。ヨロズ先輩に食べてもらい、食器の片づけをする。ヨロズ先輩が安静にしていられないだろうから、早めにお暇しようとした。


 帰り際に森田君は差し出した。


「ほんとうは昨日、渡したかったんですけど」


 少し遅いクリスマスプレゼント。安過ぎず、高すぎず。ヨロズ先輩が洋菓子よりも好きだと言っていた、餡子を使ったお菓子だ。


「……あの、森田君……わたし、その……」


 差し出したプレゼントを受け取る事に、ヨロズ先輩は躊躇しているようだ。

 返すプレゼントをヨロズ先輩は用意していなかったのだろう。


 森田君は微笑んだ。


「ボクは気にしませんよ。イヴは一緒に居られたし。遠慮なく受け取ってください」


 クリスマス・イヴにプールに沈めてくれ、などと頼んでくる女の子がプレゼントを用意していなくても、森田君としては予想の範囲内だった。


 けれど……


『与えて減ったと感じるなら、それはおそらく愛ではない』


 山下の言葉が森田君を苛んだ。

 気にしていないとは言ったが、気にならない訳がない。先輩にプレゼントを渡した時、確かに感じてしまった。身体から何かが、すっと剥がれ落ちていくような感覚を。


 これでいいのか……?

 これではたして、恋人同士と呼べるのか?


 普通の恋人同士なら、クリスマス・イヴはこんな風ではないはずだ。テレビドラマではもっとドラマチックだし、雑誌の特集でも華やかなモノだと取り上げられている。


 森田君の心にかかった靄は晴れず、濃くなって行くばかり。


「必要なら、気軽に連絡してくださいね。なんでも手伝いますから」


 ヨロズ先輩にはそう伝えておいたが、翌日以降、ヨロズ先輩からの連絡はなかった。

 ヨロズ先輩は、年末年始を海外で過ごすと言っていた。


 その準備で忙しいのだろう。

 あるいは、高熱が出てしまったのか。


 気遣い半分、戸惑い半分。

 森田君はお見舞いに行けなくなってしまった。


 胸に刺さったキザキザの感触がどうにもできず、とても心地悪かった。


 保羽リコがお昼ご飯を用意している間、保羽家のコタツで森田君はテレビをぼーっと見ていた。香苗がコタツの向かい側でミカンを剥いている。なんでも、保羽リコからお昼ご飯の招待をうけたそうだ。イヴに走り回ったそのお礼らしい。


 森田君の思い悩む雰囲気を見て取ったのか、香苗が尋ねてきた。


「で、どうしたの? 思い詰めたような顔してさ」

「いえ、別に……」

「銀野会長となんかあった?」

「…………」

「話してみ。これでもそっちより一年くらい長生きしてんだから、さ」


 香苗にそう言われ、森田君は掻い摘んで事情を話した。言ってはまずい部分は巧妙に隠しながらも、普通の恋人らしい事が一切できなかったという事を。


 イヴでは敵対したが、香苗とは仲が悪いわけではない。

 いいアドバイスをくれることのほうが多いのだ。


「……そっか。初めてのイヴでねぇ。そりゃきついなぁ」


 香苗は困ったように、ぽりぽりと頭を描いている。

 森田君は指をもじもじとさせた。


「それって、恋人としてどうなんだろうって……」

「まあ、そうね。人間やっぱり、合う合わない、って在るものだからね。すれ違ってそうなることもあるし、すれ違わないからそうなる事だってある。人と人との関係って、大なり小なりそういうものでしょ。誤解したり、されたり、したままで居たかったり。本当の気持ちが大切だ、なんて軽々しく言われても、それが何なのか分かってる人なんて、それほど多くは無いと思う。……誰にもすべては理解されないから、自分なのよ。同じように、誰にもすべては理解しえないから、他人なんじゃないの? たとえ恋人でもさ」


 香苗はそう言ってミカンを口に放り込んだ。


「個人的な感想だけど、リコのダメなところなんて数え切れないくらいある。それでも、あいつの傍に居るのは悪くねぇなって私は思ってる。そう思わせるものがあるからね。きつい事言うけど、それが無いんなら、とっとと関係を改めた方が良い。取り返しのつかない道の先で、深く傷ついた時に、他人のせいにしてしまうくらいならね」

「…………」


 森田君が暗くうつむいていると、保羽リコが土鍋を持ってやってきた。


「どうしたの、二人とも?」

「イヴの時に恋人らしい事、出来なかったんだってさ。ひどい話よねぇ」


 香苗がそう話を振ると、保羽リコはきょとんとした。


「……それで清太は落ち込んでたの? お見舞いにも行かずに?」

「そりゃ……だって、普通だったらさ、イヴはイルミネーションとか……あだっ!?」


 保羽リコの手刀が森田君の頭を強く打った。

 鍋つかみをしていなければ、かなり痛く感じたろう。


 森田君が見上げると、保羽リコは口を引き結んで仁王立ちしていた。


「り、リコ姉ぇ?」

「たしかに、銀野ヨロズは性格悪くて突き放した所があって、他人と必ず一歩距離を置こうとして、自分をさらけ出したりなんてしない機械的な女で、そのくせなかなかの見栄っ張りで意地っ張りで、たぶん普通の女の子ならあたり前に出来る事ができないような人種だけど……清太、あんたは、そういう銀野ヨロズを好きになったんじゃないの?」


 保羽リコの言葉は、森田君の頬を鋭く引っ叩いた。


「あんな女、一目見れば普通じゃないって分かるでしょう。銀野ヨロズに普通を求めてる時点で、それはあいつの事をまったく理解しようとしてないって事じゃない」


 保羽リコはひどく静かな口調だった。

 とても怒っている時の喋り方だった。


「どれだけ好きでもね、踏み込めない一線ってあるものでしょ? 踏み込みたくてしかたないけど、踏みとどまらなくちゃいけない一線ってものがさ。そういう一線をさ、互いにちゃんと見つけていって、しっかり見つめあって、ゆっくりでもいいから確かめあって、それでも一緒にいようと努力し続ける事が、誰かを好きになるって事じゃないの?」

「…………」

「あんたが見るべきなのは、目の前にいる銀野ヨロズでしょ? 誰が作ったのかも分かんないような普通とか空気とか、そんなモノの中に引っ張り込まなくちゃ不安になってしまうような、薄っぺらい気持ちであんたは告白したの? あんたの好きになった銀野ヨロズは、そんなちっぽけな服を着せなくちゃ魅力的に見えない女なの? そういう服を着てもらわなくちゃ、あんたは好きな人一人想い続けられないチンケな奴なの?」


 保羽リコの言葉の数々は、森田君の目を覚まさせるには充分だった。


「…………ごめん、リコ姉ぇ。ボク、とんだフヌケだった」


 そう言った森田君の目に、迷いはもう無かった。


「それでいいのよ。そういう真っすぐさが、清太の武器なんだから」

「ありがとうっ、リコ姉ぇ。いってくる!」

「いってらっしゃい」


 優しくそう言って森田君を送り出した保羽リコは、満足そうに鼻を膨らませた。


「ふふふっ、やっぱり、清太は良い子だわぁ。私の想像以上に育っているわね、むふふ」

「んー、まあ、大変ご満悦の所、水を差すようで申し訳ないんだけどさ」


 おずおずと横手から口を挟んだ香苗を、保羽リコは怪訝な面持ちで見た。


「なによ? 香苗」

「二人の仲を引き裂く絶好のチャンス、ふいにしちゃったけど、これでいいの?」

「……………………………………………あ、あれ!?」


 長い長い沈黙の後、保羽リコは頭を抱えて続けた。


「も、もしかして、あたし、え、あ、……敵に塩……送っ、ちゃっ、た……?」

「大量にね。タンカー二隻分くらい。しかもかなり上質な塩を」

「ぬおぉぉぅ……!!」

「ったく、人がどんだけナイス・パスしてやったと……」


 香苗は深々とため息をついた。


 まあ、そこがあんたのあんたらしいトコで、どんな馬鹿をあんたがやったとしても森田清太があんたを嫌いになったりしない理由で、私がこれからも友達で居たいって思う素敵な所なんだよ――などという恥ずかしいセリフを言った所で、四つん這いで絶賛後悔中のリコは聞きやしないだろうから、香苗は黙って鍋焼きうどんを食べる事にした。






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