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愛しの彼女を埋めました。  作者: 喜多川 信
第一巻
13/101

第十三話




 ところが森田君の受難は、それで終わらなかった。

 放課後、森田君はヨロズ先輩に呼び出されたのだ。


「どういう事なの? 森田君」


 屋上へと呼び出され、対面したと思ったら、ヨロズ先輩の第一声がそれであった。詰問するようなヨロズ先輩の口ぶりに、森田君はぽかんとした。


「……昼休みの事ですか?」


 森田君は尋ね返した。

 思い当たる節と言えばそれしかない。


 ヨロズ先輩は頷いた。


「第二新聞部のゴシップ記事を鵜呑みにする訳ではないけれど、どうやら全部が全部、まったくの嘘という訳でもないようだったから」


 ヨロズ先輩はそう言って、校内掲示板に張られた件のゴシップ記事を見せた。森田君がそれを受け取って目を通すと、昼間の生瀬さんとの一件が、もう出鱈目記事になっている。


 実に仕事が早い。


 第二新聞部はイエロージャーナリスト部ともいわれ、彼らによれば校長先生は四回ほど宇宙人に体を乗っ取られているとの事だ。たとえ本当の事でも、第二新聞部がすっぱ抜くことで真実味が消えてしまうという、オオカミ少年に似た哀愁を持つ部活だ。


 ヨロズ先輩へと、森田君は首を横に振った。


「誤解です。生瀬さんに埋めて欲しいとお願いしただけで、ボクの口からは少なくとも、先輩の事は何一つ漏らして居ません」


 森田君が言い訳を述べると、ヨロズ先輩の綺麗な眉がピクリと動いた。


「……他の女の子に、埋めてと頼んだの? 私に相談せず、陰でこそこそと?」


 ヨロズ先輩の咎めるような口ぶりが、やや強くなる。

 森田君は驚きながらも頷いた。


「……ええ、まあ……色々とありまして」

「それは埋め気じゃないかしら?」

「うめき……? なんですかそれ」

「浮気的なものよ、おそらく」


 ふいっと顔を横に向けながらヨロズ先輩はそう言った。森田君との秘め事に生瀬さんの協力を得ようとしたことが、ヨロズ先輩は気に入らないらしい。

 森田君は誰のためにそんな事をすることになったのかと、目を細めてヨロズ先輩を見た。


「埋め気って……自分ですらしっくりこない造語を使わないでください」

「それで、どうしてなの?」

「はい?」

「どうして埋めて欲しいと土下座したの? なぜ森田君が埋められる事になったの?」


 ヨロズ先輩は淡々とした声で森田君に質問してくる。

 森田君が事情を話すと、ヨロズ先輩はいぶかしむ様に眉根を寄せた。


「森田君、それなら私に頼めばよかったじゃない」

「そ、それはその……」

「………? なに?」


 ヨロズ先輩の無自覚さに、森田君は観念してありのままを口にしようと決めた。


「そういう努力をしている所をですね、先輩に見せるのは、なんだか恥ずかしいというか。できれば隠して置きたかったと言うか。た、例えるとその、で、デートの下見をですね、デートする予定の人と一緒に行く訳には行かない、というか…………そういった感じです」

「……………たしかに、それは、そうね……」


 滑ったギャグの説明をさせられる芸人のような、あるいは、失敗した手品をネタばらししながらやらされるマジシャンのような。なかなかの羞恥プレイに耐えつつ説明する森田君に、ヨロズ先輩も気まずげに頷いた。そして、ヨロズ先輩は森田君へと小さく頭を下げた。


「疑ったりしてごめんなさい。森田君は森田君なりに、考えて動いてくれたのに………その、私、プライベートで男の人と接した事があまりなくて。男女交際の経験もなくて、距離感が良くわからないの。そもそも付き合っても居ないのに、こういう手間のかかる事をお願いするのって、やっぱり変よね」

「いえ、まあ、なんて言えばいいのか……すぐさま断られてしまうより、試してもらえるだけでもボクとしてはありがたいです。それにボクも、女の人との距離感とか、わからないのは同じですし。……でも、意外です」


 何とも言えない雰囲気を何とかしようと、森田君は話題を変えた。


「先輩みたいに綺麗な人が、付き合った事無いって」

「ほら、私って、アレでしょう?」


 と、ヨロズ先輩が察してほしそうな眼を森田君に向けてくる。


 森田君は頷いた。

 ヨロズ先輩は告白してきた純情な男子に、初っ端から『山中に埋めてくれ』などと言う女子高生である。噂では池 綿造さん(仮名)にトラウマを与えている。


「まあ、たしかに、先輩って、ちょっと思考回路がおか――」

「表情の変化が少ないトコ、あるから。近寄り難いみたいなの」

「へ?」


 森田君は目を白黒させ、取り繕うように笑った。


「あ、ああっ、そうですよねっ。先輩、クール・ビューティーですもんね!」

「そう思われているみたいなの。少し困っているわ」

「は、はは……」

「ところで森田君」

「はい」

「いまさっき、私の言葉にかぶせるように『ちょっと思考回路がおか――』と言いかけていたけれど、続きをどうぞ。会話はキャッチボールですものね」


 受け取って欲しいボールは良くスルーするくせに、一体どうして、こういう投げ間違った球だけ異様なキャッチ率で投げ返してくるのだろう?

 と、森田君はどぎまぎした。


「……え? あ、あう……えっと、先輩は思考回路がおか、おか……オカメインコみたいで可愛いなぁっと……」

「……そう? 照れてしまうわ、可愛いなんて」


 森田君の口から出まかせだったが、ヨロズ先輩はやや嬉しそうだ。

 かわいい、は正義で、作れて、なにより便利である。


「ん? けれどよくよく考えると、可愛いなんて話の流れに合っていないような。それに、それは思考回路が鳥類並と言われているような――」

「深く考えずに行きましょう! ね? ね? 好きな人と会話する時なんて、ぶっちゃけ自分でも何言ってるのか良く分からないし、深く考える余裕が無いものなんですから!」


 森田君は焦りながらそう言った。

 そして自分の言葉に森田君は少なからず凹んだ。




     15



「生瀬、どういうこと!? 清太と婚姻届に印鑑を押したって噂が出回ってるけど!?」


 背後からの一声に、図書館へと向かう通路で生瀬さんはつんのめった。

 生瀬さんが振り返ると、保羽リコが血相を変えて立っている。


(めちゃくちゃだ)


 生瀬さんは頭を抱えた。


 昼休みから三時間も経たないと言うのに、ここまで曲解された情報が出回っている。しかも風紀委員長がすっ飛んで来るとは、森田君の言っていた『アルゼンチンで国民的話題に~』というのも、あながち冗談で片づけられる話しではないかもしれない。


「あの、リコ先輩、違います」


 生瀬さんは手をぱたぱたと振りながら、保羽リコの誤解を解くべく言葉を選んだ。


「違うんです。印鑑なんて押してません」

「じゃあ母印だったと?」


 天然ボケをかます保羽リコに、軽く脱力しながら生瀬さんは頭を振った。


「そういうことではなくて。その話自体が出鱈目なんです。そもそも年齢的に婚姻届に判を押しても意味が無いじゃないですかっ」


 生瀬さんは力説した。

 日戸梅高校ではよく分からない噂話が一瞬で広がり、一瞬で消える。当事者となってはじめて、なかなか迷惑な風習だなと生瀬さんは思った。


 生瀬さんの力強い声に納得したのか、保羽リコは肩をなでおろしている。


「なんだ、やっぱり」


 保羽リコは安心した様子で続けた。


「じゃあ、校舎裏で清太に土下座されたと言うのも嘘なのね」

「……………………え、えっと、それは、その……」


 思わぬ角度から飛んできた真実の一撃を食らい、生瀬さんは言葉にまごついた。

 その生瀬さんの様子に、今度は保羽リコがぽかんとしている。


「え?」

「あ、いやその、リコ先輩、誤解しないでくださいねっ。森田君からお願い事をされただけで、決していかがわしい事ではっ」


 わたわたと否定した生瀬さんは、己の失策に気付いた。

 これでは不審がらせる一方であり、現に保羽リコは怪訝な顔をしていた。


「……なにをお願いされたの?」

「そ、それは、その………秘密です」


 生瀬さんはそう答えるしかなかった。

 森田君があれほど懸命に、秘密にしてほしいと頼んできた事なのだ。日頃から親交のある保羽リコの頼みであっても、口を割るわけにはいかなかった。


 だが、保羽リコの追及の手は緩まない。


「人には言えない事をお願いされた、という意味? 土下座までされるくらいだもの」

「森田君に秘密にしてほしい、とお願いされたので。約束は破れません」

「こんな事聞かれて気を悪くしたらごめんね。でも私も風紀委員長だから尋ねるんだけど、校則や法律に反する事ではないわよね?」

「はい。第三者に迷惑が掛る様な事では無いです」


 生瀬さんは保羽リコの目を見て、はっきりと言い切った。

 すると、保羽リコは「なら、いいわ」と頷いた。


「そう。……まぁ、生瀬がそう言うのなら、これ以上は追及しない」


 保羽リコはそう言うと、それ以上は生瀬さんに何も聞こうとせず、そのまま別れの挨拶をして立ち去った。ここ最近、保羽リコの思惑の反対側に回ってしまっているな、と感じていた生瀬さんは、裏切っているようで少し居心地が悪かった。


 立ち去っていく保羽リコの背中を見つつ、生瀬さんはふと考えてしまう。


(……えっと、合意の上で人を安全に配慮して埋める場合って、罪にならない……よね? あれ? 下手をすると過失致死罪になる? 幇助罪? それとも遺棄罪?)


 生瀬さんは悩むものの答えは出ず、誰かに相談も持ち掛けられない。

 自問自答するしかなかった。


(だ、大丈夫、よね……? 一応は、嘘は言って無いよね……)


 生瀬さんはそう自らに言い聞かせ、帰路についた。


 モヤモヤしていた生瀬さんは、家に帰ると状況を整理しようとした。

 経験した出来事を上手く心に落とし込む事が出来ず、授業の予習と復習も、クラスメイトから頼まれていた小物の裁縫テキストの作成も、なかなか手につかなかったのだ。


 自室の勉強机に座り、真っ白なノートを前に生瀬さんはペンをくるくると回した。


「森田君は埋められたい系男子で、リコ先輩の話を聞く限りリコ先輩はなにか誤解していたみたいだけど、銀野会長をトランクケースに入れてどこかへ運ぼうとしてて……森田君が埋められたいのは、なにか事情があるっぽくて。たぶん、銀野会長を埋めようとしていて、それはつまり……も、森田君は埋めちゃいたい系男子でもあると言う事!?」


 理解不能な事態を考察しようとすると、次々と新しい言語が生まれるものらしい。


「自分が埋まろうとするだけには飽き足らなくなって、す、好きな人を埋めちゃいたいという衝動が抑えられないとか!? え、ええ!? 銀野会長も森田君に協力的な感じ……というか、銀野会長の方が主導権を握っているみたいだったし。つまり二人は相思相愛と言う事で……いや、相思相埋? えっと、その、えぇ……?」


 考えれば考える程、頭がこんがらがってしまう。


「け、警察に連絡した方が……ああでも、森田君は、そんな危ない人には見えないし」


 蜘蛛を見て気絶したからとはいえ、羽交い絞めにされた挙げ句にトランクケースに詰められ、半分拉致の様な事をされただけには止まらず、さらには自らを埋めてくれと土下座して頼んでくる高校生男子が危ない人には見えない――という生瀬さんはおそらく女神である。あるいは女神に成り損なった、面倒見の良すぎるそこそこ変な人であろう。


「風紀委員会に連絡を……でもそれじゃ、大事に。リコ先輩にこっそり相談して、なるべく穏便に事が運ぶように……ああでも、森田君は秘密にして欲しいって言ってたし、銀野会長とは秘密にするっていう約束が。……そうよね、せっかく私を信じてくれたんだもんね……通報なんて、わたし、酷いな」


 酷いどころか極めてまっとうである。

 今後の森田君の人生を考えるなら、通報してあげた方が良いかもしれない。


 そういった冷静な判断力が、森田君との触れ合いで生瀬さんから消えていた。

 生瀬さんはただただ、校舎裏での森田君の様子を思い出していた。あのカミングアウトもすべて、おそらくヨロズ先輩のためにしていることなのだろう。


 ヨロズ先輩はどうか知らないが、生瀬さんの見る限り森田君はとても懸命だ。


(……森田君の手、ふるえてた……すごいなぁ、あんなになるまで想えるなんて。良いなぁ、あんなになるまで、想ってもらえるなんて。……協力してあげなきゃ!)


 生瀬さんはぐっと両手を握り締め、森田君へとラインを送った。森田君から頼まれていた通り、森田君を穴に埋めてあげる、その都合の良い日を教えてあげたのだ。


 人の恋路はなるべく応援してあげたい。

 生瀬さんはその一念だった。


 女神か、それとも、女神になりそこなっただけの変な人か。

 現状ではおそらく、生瀬さんは女神の方であるらしかった。






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