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愛と逃避の告白劇

作者: 莉多

 突然のことだった。でも、予想ができないわけではなかった。ほとんど毎日のことだから。

 授業中にもかかわらず、パタパタと騒々しく廊下を走る音が聞こえる。予想を裏切らずその足音はうちのクラスの前で止まると、遠慮もなしにガラッと音を立ててドアを開けた。その拍子に、明るい色の長い髪の毛が揺れる。


「波瀬せんぱーっい!好きです!付き合ってくださいっ!!」

「常田、まだ3年4組は授業中だ。廊下で待って、授業が終わってから改めて告白しなさい」


 いい笑顔で教室のドアを開けた彼女は、その一言で表情をガラッと変える。先生の一言に納得してません、と表情で表現する美少女は、ぶーたれながらも「はーい。」とおとなしく廊下に出て行った。授業終了5分前のことだった。


「波瀬、たまには答えてあげなさい」

「……先生、授業中は私事の話やめましょう?」


 先生にまで知られて、いっそ応援までされているこの告白劇。先生からの苦いお言葉をごまかすように言えば、「青春だねえ…」と定年間近の先生は呟いた。誰にも知られないよう、こっそりと頭を抱えた。


 ことの発端は4か月前。俺が三年生、先ほどの告白劇の主役である美少女こと常田こころが二年生に上がって間もなくのことだった。


「波瀬先輩。付き合って下さい!」


 えらく頬を赤く染めた美少女が来たと思ったらこれだ。

 俺が二年生の時の委員会が一緒で、当時二年連続同じ委員会だった俺が、一年生に仕事内容を教えていた。いわゆる教育係というやつだった。俺が担当したのは一年生の男女5人。委員としての活動が多いと定評のある図書委員ということもあり、本が好きな、校則なんて破りませんよ、みたいな子が毎年ほとんどを占める中、彼女はものすごく浮いていた。明るい茶色の長い髪をポニーテールにして、スカートも規定より10センチは短くて、腕にはアクセサリーが数個、きらめいていて。薄く化粧もしているようだった。けして下品ではない、むしろ上品ささえ演出するという不思議な雰囲気の彼女だったが、それでもやはり派手な部類に入る女の子だった。

 それなのに緊張しているのか頬を真っ赤にさせながら、少しの不安を表情ににじませて「よ、よろしくお願いしますっ!」と頭を下げるのだから、笑ってしまったのだ。俺の笑みに気付いた彼女は、すでに赤い顔をさらに赤くしていた。

 そんな、彼女が。大して顔もよくない、成績は上位を保ってるけど、飛び抜けていいわけじゃない、部活も美術部で文科系。そんな俺に。恋愛的な意味でこの美少女が告白するとでも?

 脳内で出した答えはNOだった。そんなわけで俺の答えは「どこに?」だったわけで。美少女…常田はびっくりした表情をした後、「あ、諦めませんからねー!!」と言って運動部らしい素早い動きで去っていった。

 本当にあの時は申し訳なかったと思っている。でもいまだに、ほぼ毎日開催されるあの告白劇は、罰ゲームで嫌々やっているのではないかと思っている。だって常田は多少ギャルっぽさはあるものの、ひたすらまじめで、少しだけ天然で、明るくて、表情はくるくる変わるしわかりやすい。そして誰もが認める美少女。人気がないわけがなかった。男女ともに態度が一貫しているのもあり、クラスの女子からは愛玩動物の類と同じように愛でられているらしい。なぜこんなに詳しいのかと言えば、クラスメイトが常田に関することは何でもかんでも俺に報告するからだ。やれ常田が中庭で石にけっ躓いていただの、今日の常田の昼飯は購買の幻の一品の一つであるクロワッサンサンドだっただとか、本当に何でもないことでもなんでも報告してくるので、なんだか自分で調べているわけではないけれどストーカーにでもなっている気分だった。

 そんな彼女が、俺のことを好いている。

 ない、ないな。我ながら非常に残念ではあるが、彼女が俺のことを好きになる要素が見当たらない。顔のつくりが良かったならばチャンスはあったかもしれないが、どう頑張って褒めようとしても、褒めにくい冴えない地味な顔だった。

 チャイムが鳴る。先生は一言、「波瀬は頑固だな」と言ってから教室を出て行った。余計なお世話だ。先生も俺の立場になってみたらわかるだろう。大していいところもないこんな物語でいうモブみたいなやつが、完璧と名高い美少女に好いてもらえてるなんて、それこそ物語の中でしかありえないだろう。俺は、物語の主人公になれるなんてそんな夢みたいな、バカみたいな妄想はしない。現実主義だ。ヘタレとでも何とでも言えばいい。仮に俺が告白を受けたとして、しばらくした後に「ごめんなさい、あの告白、罰ゲームだったの」とか申し訳なさそうに言われてみろ。それが、こわい。彼女からの告白が嘘や冗談だった時が一番怖いのだ。


 俺が、彼女のことが、好きだから。



 *



「波瀬先輩。はせせんぱい。あぁ~はせせんぱいぃ~…なんで靡いてくれないのかなっ!?あぁぁぁ…つらい。先輩が好きすぎて」

「…また失敗したの?こころも飽きないというか辛抱強いというか、あきらめが悪いというか…いや、波瀬先輩が頑固なだけ?」


 通算100回目の告白の失敗。私は先輩のことが本当に、これでもかってほど好きなのに、その思いは相手に一切伝わらない。こんなにオープンなのに!毎日告白の仕方だって変えてるのに!


「…はせせんぱいとおつきあいしたい」


 なんで気づいてくれないの!いっつも困ったように笑ってごまかされる告白。なんでなのよぉっ!!と愚痴るつもりが、口から出たのは願望だった。私の口ってば正直ね。

 波瀬先輩…波瀬優雨先輩と出会ったのは私が入学して間もなくのことだった。委員会に入るのが必須で、本当は一番楽な生活委員会に入ろうとした。生活委員は一か月に一回、委員会の日に校内の簡単な清掃と不足している必需品の補充だけだったから、部活に支障もないし、と思って立候補した。が、非常に競争率の高い委員会で、私は漏れてしまい、結局昼休みや放課後に活動のある、めんどくさいと言われている図書委員になってしまったのだ。正直最初はものすごく嫌だった。私はソフトテニス部で、この高校に来たのだってソフトテニスが強いから。正直勉強よりも部活に専念したいとさえ思っていたのに。ついてないなぁ…とため息交じりに初めての委員会に行くと、やっぱりというか、私は浮いていた。曽祖父が外国人で、隔世遺伝として受け継いだ色素の薄い髪は自前だけど、中学の時の裏校則、なんてものから解き放たれた喜びでついつい短くしてしまったスカートに少し前から母に教わったナチュラルメイク。高校が離れてしまった友達からのプレゼントであるブレスレットは、お風呂と大事な式典以外はお守りとして肌身離ざずに着けている。正直その場から離れたい一心だった。周りと私の温度差すごい!

 内心涙目になっている私と、少しだけとげのある視線を向けてくる同級生。緊張と何やかんやが混じりそうでテンパっていた私に、ゆるゆるとした笑みを向けてくれた先輩がいた。浮いている私に対しても、一切の贔屓もなく、ただただ緩く笑っていた先輩。美形というわけではない。でも人の良さがにじみ出ているというか、とにかく柔らかく笑う姿が印象的だった。

 それが、最初。

 私だってまさかその先輩に恋に落ちるとは思っていなかった。特にきっかけとかはない。ただいつも緩く笑っているその姿に安心して、わざと困ったような笑みをさせてみたり、突拍子もないことを言って驚かせたり。迷惑もかけたし、時には叱られる時だってあった。それでも最後にはあのゆるゆるとした笑みで、「しょうがない奴だな」って笑うから。あぁ、好きだな、って。

 自覚してからは思いつく限りのアタックを仕掛けた。全敗したけど。

 先輩が優しいのは知ってる。だから、ごまかされるってことは、私が彼の恋愛対象に入っていない。そういうことではないのか。そんなことも何度も考えた。でも何とも思われてないなら、好きになってもらえるまでアタックすればいいじゃない!先輩に彼女ができ…たらものすごく悲しいし仲良くなれる自信もないけど、せめてその時まで。その時まではアタックを続けるんだ!


「というわけで!もっかいアタックしてくるわ!!」

「あんたも諦めないねぇ……私は止めないよ」

「止められても行くもんねーっ!じゃあそういうわけで!」


 颯爽と教室を飛び出そうとした。飛び出そうとしたんだけど。


「常田。どこに行くんだ。授業始まるぞ」

「…ふぁい」


 出鼻をくじかれたー!もう、授業も先生も空気読んで!今すぐ行きたいのに!くすくすと聞こえてくるクラスメイトの笑いに顔が真っ赤になるのを自覚しながら、おとなしく席に座る。どうせ今行っても先輩はまじめな人だから、ちゃんと授業を受けているのだろう。好きだからこそ、彼の邪魔はしたくないのだ。それで嫌われたら本末転倒だし。さっきは授業が早く終わったのが嬉しくてつい、押し掛けてしまっただけだ。

 とはいえ、私が真面目に授業を受けるとは言ってない。留年の危機があるほど馬鹿ではないが、点数がギリギリの教科もある。どうしても分からないときは波瀬先輩に聞きに行けば苦笑しながらも教えてくれるし、その時間私が幸せだし一石二鳥だよね。先輩の迷惑は考えないことにする。でもこの教科は苦手ではないし、後で友達にノートを見せてもらえば理解できるだろう。新しいノートのページを開き、罫線が引かれているだけの真っ白なそこに「波瀬優雨」と書いて一人でにやにやと笑う。波瀬先輩やさしいもんな~あれだけ優って字が似合う人も珍しいや、なんて頭の悪いことを考える。過去に一度だけ、一度だけ彼の名前に触れたことがあった。



『先輩の名前って、素敵ですよね』

『えっ!?そうかぁ?俺は女みたいな字だしあんまり気に入ってないんだけど…』

『そんなことないですよ!”優しい雨”ってとってもきれいな響きだし、先輩にピッタリな字ですよ!雨の音が優しいってなんかわかる気がするなぁ~小雨のぽつぽつ、しとしとって音、声に出すとやわらかくて優しい感じがしません?あの音、聞いてると安心するんです』


 うっかり語ってしまったことにハタと気づいて、「す、すみません生意気言って!」と咄嗟に謝ったけど。私の予想とはかけ離れた、少しだけ赤い顔をした先輩はいつもよりも柔らかい笑顔で「常田にそこまで褒めてもらえるなんてな。俺、自分の名前を好きになれそうだ」と呟いた。そんな顔でそんなこと言われたら惚れるしかなくない!?もう惚れてたけどね!?私もその表情を、言葉を、声を聴いて顔を赤くしたのだった。ああ、そんな顔もするんだ。そしてその表情を引き出したのはわたし、なんだ。と優越感がむくむくと湧き上がる。


「あ~~~~波瀬先輩すき……好きすぎてつらい……愛してる………」

「…常田、波瀬のことが好きなのはじゅうっぶんにわかってるから今は授業を聞こうな?」


 目の前には非常に呆れた顔の先生。あらやだいけない。私の口ってば正直ね。授業中なのに声に出ていたようだ。



 *



「―――細雨とは小雨のことで、漢字の通り細かい雨のことだ。これ今度のテストでサービス問題として出すからな~」


 若いけれど少し言葉遣いの荒い女の先生の言葉をぼんやりと聞く。小雨。


 ”――――――『優しい雨』ってとってもきれいな響きだし、先輩にピッタリな字ですよ!雨の音が優しいってなんかわかる気がするなぁ~小雨のぽつぽつ、しとしとって音、声に出すとやわらかくて優しい感じがしません?あの音、聞いてると安心するんです”


 とても美しい笑みを浮かべた横顔で言いきった常田に、視線を奪われたのだ。あぁ、俺、こいつのことが好きだったんだなぁ。なんてどこか他人事のように思いながら、彼女の一言一句を聞いていた。

 "優雨なんて、女っぽいじゃんか。なんでこの名前にしたんだよ?"

 ーーー少しだけ反抗期だった中学生のころ、周りにからかわれたのが恥ずかしくて、母親にぶっきらぼうに聞いたことがある。

 "あなたが生まれたときにね、雨が降ってたの。このへん、雨って言ったら豪雨のことが多いじゃない?でもね、あなたが生まれたその日の雨は、珍しく小雨でね。しとしとぽつぽつってとっても優しい音色だったの。それが、由来よ"

 慈愛に満ちた表情で母は言った。もちろん反抗期だった俺は素直にその言葉を受け止めきれず、やっぱり女みたいだとからかわれるこの名前が、少し苦手だった。

 母親の慈愛に満ちた表情と、常田の表情が、重なる。なんとなく、あの日母親が言った言葉の、表情の意味が分かった気がした。


 …なんてセンチメンタルになったと思えばこれだ。


「波瀬先輩っ!付き合ってくださぁあああいっ!!」

「なんなのお前!?」


 身体能力が高いとは思っていた。中学の頃から県大会上位の常連で、全国大会への出場も何度かしたことがあると聞いたことがある。だからといって。


「これはないと思う。」


 思わず真顔になってしまったが、俺がおかしいわけではない。おかしいのはどう考えても常田の方だ。様々なクラスのやつらが、窓から身を乗り出して常田を見ている。写メっている奴もいる。おい誰だ、俺の携帯に常田の写メと動画を送ったやつは。通信制限が早めに来るだろ。と愚痴っても仕方がない。Q.今常田がどこにいるのか。A.ロープを使って屋上から3年4組の窓まで移動し、外から俺に告白している。

 一体どういうことだよ。どういうことだよ。


「ッ、常田!危ないことはやめて入ってこい!けがをしたらどうするつもりなんだよ!?」

「大丈夫ですよ~!これ、サバイバル用のしっかりしたやつなんで!どうです!?インパクトありました!?」

「そんな心臓に悪いインパクトは求めてない」


 しゅるりと軽やかに3年4組の教室に降り立った美少女、常田こころは再び同じ言葉を口にした。


「インパクトがあったようで安心しました。改めて!私と付き合ってください!」

「バンジージャンプには付き合わないぞ」

「返事が斜め上ですね!そんなところも好きです!」


 意味なんて解っている。けど、流す。こんな心臓に悪いことしでかすならいっそ付き合った方がいいのかと一瞬思ったが、それでも。


「…常田は。」

「え?」

「こんなやつの。どこがいいんだよ…俺なんかいいところないだろ……」


 こわい。だってそうだ。卑怯者で、意気地なしで、ひねくれてて、卑屈で。好きな女の子の言葉さえ信じられない。本当ならばたとえ道化になろうと、滑稽だろうと、失笑されようと、言葉を受け止めるべきなんだ。それでも俺は臆病で卑怯だから、逃げ道を作る。ここで常田が言いよどんだら罰ゲーム確定だ。全力で逃げよう。

 つい勢いで言ってしまったが、自分で言葉を返しておいて怖くなってきた。…前言撤回しようかなぁ…なんて情けないことを考えていると、とても元気のいい返事が返ってきた。


「わかりません!!」

「おい待て」

「えっ?だっていいところですよね?ん~~強いて言うなら…勉強教えてくれるところですかね?」

「俺は便利屋か」


 頭が痛くなってきた。なんだ、悩んだだけ無駄だったじゃないか。確定確定。おめでとう。俺の考えは間違ってなかった。よかった、絆されて了承しなくて。常田が、俺のことを好きなんて、あるはずなかった。期待してなくてよかったじゃないか。思っていた通りだったろう?よかったよかった。


 …本当に?

 あぁ、苦しい、かもしれない。つらい、かも。聞くんじゃ、なかったなぁ。

 視線が下を向く。履き潰しかけている上靴の爪先が視界に入った。


「だって、先輩のいいところ、なんて。いっぱいありすぎます。って言うか全部?笑顔も好きだし~わざわざ自分から苦労背負いに行く苦労人のところも好きだし~丁寧な説明も分かりやすくて好きだし~体動かすの苦手なくせに体育滅茶苦茶頑張ってるところも好きだし~…あ、これいいところじゃなくて、好きなところですね!」

「は、」

「悪いところも、いいところも、全部!魅力的に見えるくらい先輩が好きなんです!だから…その」

「なんで。俺常田にそんな好かれるようなことしてないのに」

「私だってわかんないですよ!いつのまにか好きになってるなんて、予想外でしたもん!」


 顔をほんのり赤く染めながら、輝かんばかりの笑顔で言い切る彼女に、なんだかあほらしくなってきた。なんだ、被害妄想男の過激な被害妄想だったのか。彼女が、嘘ついているなんて、そんな。情けなさ過ぎて笑いが出てきた。


「常田、ごめん。」

「えっ…それは告白に対してデスカ…?」

「逃げててごめん。俺も好き。常田こころが、好き。」

「えっとあの!断られるのにはちょっと心構えがひつ………えっ!?」


 えええええっ!?と至近距離で聞こえた叫びに、耳がキンキンする。ああ、なんだ、開き直ってしまえば、こんなにも。常田を思いっきり抱きしめて、これからよろしく。とだけ言っておいた。おそらく顔は、真っ赤だ。











 なお、このやりとりはホームルーム直後の放課後、それも生徒、担任がそろっていた時間のことであり、この後しばらくはこのやりとりの動画や写真が出回り、からかわれながらも学校中から祝福されたのは、余談である。


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